境内にて雑務いろいろ。昨日は大工仕事、DIYが主でした。
外仕事も風さえ無ければ大した苦痛はありません。
思い切って外に出て体を動かせばホットになれます。
夕刻にご門徒さんがお参りに。
16時過ぎに本堂の戸を閉めて閂をかけていましたが「早朝お参りに来たが本堂が開いていなかった」とご指摘を受けました。
「いつも開いていない・・・」
「開店時間」も「閉店時間」も超気まぐれで適当ですからね。
ネコの障子を破っての襲来への対応から。
当初は障子の一番下から次々に上段にかけて板を張っていったのですが、これ以上はムリと、限界を知ってから夕刻に「戸を閉めて閂」朝それを開けるというのが日常となりました。
今になってその件、防犯上「悪くない」と考えるようになりました。
夜間は入堂不可に。それは本来の姿でしょう。
これまでの拙寺のノー天気が異常だったのですね。
ただし開けたり閉めたりは面倒くさいことは確かですが、その時間というものをハッキリさせることは必要かも。
現状「外トイレ」の復活ということで会館に併設させようと工事を進めていただいていますがあいにく大晦日までには間に合わないということで了解。
これまでの排水(水のみ)パイプが詰まっていることが判明し、新規にそれを配管する工事が遅れているからです。
大工さんはそれを知らずに「何とか今年中に」と急いでいたそう。その内実を知らされて「聞いてないよ~」と腰が砕けていたそう。
各進行状況と問題発生についてもっと密に共有できないものか・・・
そのトイレのドアにもガッチリと鍵を掛けられるようにします。夜間開けっ放し、出入り自由の公衆トイレ状態にはしないということです。
やはり本堂と同様、適当な時間に開けて、適当に閉める・・・
県からは拙寺門前の道は道路認定をされていませんが、その道を学童が日々往来しています。
世には不審事案が多々ありますからね。
扨、念誦崛(ねずき)の森の墓地に向かった理由はこちらの主、増賀上人の墳墓に逢うこと。
森の中の墓地のいろいろについて記しました(こちら こちら)が、この森の圧巻の墳墓でもあります。
上人は他者にも自分にも厳しい人だったといいますが、それを徹底すれば「変人」の部類となるのかも知れません。
上人は今この多武嶺の森の中で威容ともいえる墓にて人々を迎えてくれていますが、古い説話集にも登場する知る人ぞ知るの方でした。
それが「宇治拾遺物語」や「撰集抄」ですがそれぞれに「増賀上人」と入れて検索してみてください。
その一般の人(修行者)とは違う自身の戒め方が。
上人の真似は出来ません(捨てきれません!!)が、「変人」というのが坊さんなのか・・・とも。
墓域の手前には「舟」と呼ばれる手水(ちょうず)いや足水場が。「顔を洗って出直せ」とも。
こういうものを見かけると(かなり古そう・・・}を思います。
コメントをお書きください