弥勒寺後堂 釈迦涅槃図 理源大師 倶利伽羅龍王 三鈷

時折激しい雨。

湿気と蚊の襲来の中、奥方は本堂で盂蘭盆会の準備。

私は庫裏にてやるべきことを淡々と。

雨予報の盂蘭盆会法要となるようですが、お手柔らかにお願いしたいところです。

 

先日、映画「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を視聴しました。

アスペルガー症候群の検査をし「不確実」と判定されたことがあるニューヨークの男の子があの9.11のビル崩壊で大好きだった父親を亡くすことをきっかけに多くの人たちとの出遭いと変化していく彼の思いについて綴られた小説が元ですね。

 

父の遺品の中から彼が偶然見つけた「鍵」がその映画のまさにkeyとなるアイテムになりますが彼は少しの手がかりを見つけてニューヨーク中をその開けるべき何かを求めて探し回ります。

結局その目的はやはり偶然に行き当たりますが自身の希望していた結末とは違いました。

 

映画のラストに彼が語った言葉に「何もしないでいるよりも(動いて) 失望した方がマシ」という言葉に私は合点しました。

私の目的や希望というものは叶えられるとは限らないし、むしろ挫折する方が多いでしょう。

しかし何も動くこともなく、手をこまねいて考えているだけならば時間が無駄。

スグにでも何かに着手し喩え目的の結果が失望に終わったとしても必ず得るものは有る・・・ということでしょうね。

 

彼にはたくさんの経験とたくさんの人々との出遭いと交流がありましたし儚くとも希望を持つことの大切さを示唆しているその言葉。特に母親との絆も・・・

しかしまた、何故にしてあのようなタイトルにしたのか・・・

 

扨、弥勒寺の堂内の諸仏(昨日)について記してきましたが、あの後堂~薬師如来の裏側~です。

あの寺は全部見せてくれて、すべて撮影可能というところがスゴイのです。

まず釈迦涅槃図の軸にどこから見ても睨まれている感漂う理源大師の軸に倶利伽羅龍王。

そして三鈷杵は真言の寺らしいグッズ。

子供のオモチャの如く見えます(失礼!!)が、その系統の寺などでは普通にお目にかかれるもの。

ただそのカタチの山だったからと三鈷寺などの名称もありました。

元は護身用の武器と聞きますが、今それは仏具。

自身の煩悩から護るという意味の様。

それでしたら私には無縁でしょう。

煩悩を抱えたまま念仏して往生すること・・・ただそれだけ。