天気が良くて気分も爽快。関東とは違って雨はナシ。
よって「宿題」だった切株のすべてを午前中いっぱいかけて気合を入れて引き抜きを完了しました。
こちらの土壌はどちらを掘っても砂地です。
大きな地震が来たら液状化するに違いないと掘っていて(かなり深堀しました・・・)思ったのでした。
当然のことながらこの地区は相良川(萩間川)の砂州だったというイメージはありましたが先般行った地盤調査の際、採取したサンプル土壌の中から貝殻が出てきましたので海岸線が後退したかつての砂浜ということ大いに考えられます。「波津」という地名の通り。
どちらにしろ新築建造物の基礎については「ベタ基礎」だろうと思っていれば建築士は「布基礎」で・・・と。
やはり経費の節減の問題からその発想が出たかと思いますが当方納得ができていませんのでその件は再度問い合わせをするつもりです。
まぁそもそも建築確認(接道義務)が下りないとのことを言われていますが・・・
寺として昔からある建造物の新造。以前あったものを解体し再建するのですが、別の御門徒さんに聞けば、これまでは「接道義務」には地元ならではのテクニックがあったとのこと。
ところが今回の建築士は世話人さんの紹介の方で、相良のことにあまり精通していないような。
また来年の1月からはじまる相良のイベント用に合わせて外トイレを造作するという意図もありますので、お役所仕事には本当にくさくささせられます。
これで総務省から届いたアンケートの件も、無視してやろうと腹積もり。
突然郵送されてきた書面ですが一応回答を試みましたが、サッパリわからない・・・字が細かすぎて読みにくいということもあってこれではどうでもイイという気持ちにもなるというものです。
時間をかけることだけでもバカバカしい。
接道に関しては県の言い分でしょうが昨日夕刻、市の方のやり方にもそれ以上に不満に残る事案がありました。
昨日は午後から静波墓園に出向いて先般の伐採作業の片付け整理し劣化した物置を撤去しました。
軽トラの荷台にはさすがに私一人では積込み不可だったため奥方に付き合ってもらいました。
ヘロヘロになって帰宅、ひとっ風呂浴びていると史跡研究会の会長より電話が、折り返してみると「唖然呆然の報せ」がありました。
会長は役人の事なかれ主義で、何かをやってみようという工夫もパワーもまったく感じられないとお怒りでしたが、私も数日前に御門徒さんのある方に史料館2階のショップの運営について声を掛け法的・技術的提案と企画書の作成をお願いしていたのでした。
それをイキナリ市の担当者から「もう決めちゃいましたから・・・」と会長に連絡があったとのことでした。
どういう経緯でそうなったかなど私にはサッパリわからないところですが、どうやら史料館2階のお土産スペースのショップを仕切るに静鉄関係の大手に「決めてしまった」ということですね。
当初からそちらは地元の商店が仕切ってみんなで頭を廻してアイデアを募ろうという「手作り」ショップという流れがありましたからその急転直下の判断に言葉がありませんでした。
要は役人根性というやつ。
自分に責任が回らないよう信頼と実績のある有名大手に「全部投げる」というオチ。
ネガティブキャンペーンでも展開してやろうか・・・ついつい敵対意識が芽生えました。
その担当者とやらは長谷川氏が超繁忙の為、限界点に達していたことから抜擢されたようですが。
「気が小さいくせに、そうカッカすんな」と奥方から肩を叩かれましたが久々頭から湯気が出そうな思いをしました。
寺には観光客を招いてやるので「ただトイレの用意と堂内で小話でもしてやれ・・・」ということなら大きな間違い。
少なくとも私はそう受け取りました。
こっちはヤル気があっても役所仕事というヤツがどうもギモンですね。
父親が日ごろ呟いていた言葉が思い出されます。
「うちは観光寺じゃあない」。
事なかれ主義から脱却せよ。
冒険してみやがれ・・・若いんだから・・・ばかもん!!!
一応はそれを記してスッキリしました。
いや、あと一言「覚えてろよぉ~!」
次の世話人会でボヤくこと間違いなし。
②画像は大中特小を引き抜いてあとは小を残すのみの図。
③が今回の掘り起こした根っこたち。
業者にまかせたら処理費も嵩むでしょうね。
④は静波から運んできた物置。
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