がんを患う方の声が殊に多いような。
当家においてもその病の罹患は珍しいことではありませんし。
その病は老若男女年齢にかかわらず、どなたであっても不思議なことではなくてまたヒトの体内の様々な部位に発し、かつ心身へのダメージが強いため、できれば「罹りたくない病」というのは誰もが思うところです。
病巣は体内深く突然変異によって細胞レベルで発生、それが成長し各所に浸潤していくわけで、しばしばその成長によって変調に気づくまで発見が遅れがちになります。
「私の細胞」が変異して増殖していくわけで、質(タチ)が悪いというのもその特徴でした。
そのようにステージが上がったところでの治療の開始はしばしば絶望をイメージさせてしまう病です。
先日70歳の時にステージ4、余命5カ月の肝がんを宣告された方が93歳で逝去されましたが、結局医師の見立ては「老衰」でした。
要は積極的な治療(当人の意思)と投薬のマッチングなのでしょうその「余命5カ月」を跳ね返したということです。
その方のご家族も仰っていましたが「がんが消えちゃった」と。
同じようなことを私の父も言っていましたが場合によっては「消えた」こと、しばしば聞き及びます(父は70後半で前立腺がん)。
消え去らなくとも縮小しそのまま健常をコントロールできるほどに病を管理下に置けることもある・・・ということでしょう。
高齢につき細胞変異の進行も不活発になるということもあるのでしょうがこればかりは個体差と薬(ある意味医師と病院)。
運・不運に左右されるところでしょうね。
よって少なからず、一旦の絶望はあったとしても医師の見立て以上に生き、その宣告を真に受ける必要はないということですね。しかしその宣告を受け入れる当人と家族、その心の動きは測り知れないということは事実。
早い所、病を跳ね返す心境に、「開き直る」ことも肝要。
私もその宣告を受けた時のことを思量したところでした。
何せ50%の確率ともいいますので。
扨、昨日の恵林寺つづき。
以前甲斐武川衆出自の柳沢吉保(またはこちら)ついて記しましたが恵林寺には彼とその妻の墓が並んでいます。
吉保墓は元は永慶寺に、夫人はその塔頭寺院新真光院にあったものをこちらに移築したものです。
向かって右の吉保には永慶寺殿保山元養大居士。
左の夫人の墓塔には真光院~とそれぞれの当初の菩提寺の名が。
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