吉祥寺の叔父は「あまり気乗りのしなかった」
数日前に帰ってきたばかりですが奥さんはヘロヘロになって家で休
私も時間さえ何とかなれば一度はのんびりと歩いてみたい場所です
また、とてもではありませんが拙寺のバスツアーではその余裕は取れま
この雨季によくもまぁ、うまい具合に行って来ることができたとその幸運にも感
聞けばその大型バスは満員(40名以上)
ご夫婦は悪くないツアーでそこそこの満足を得ていたようですが、
そして寺・宿坊等のご商売熱心の様も圧倒されていました。
護摩壇用の木片「1個1000円」などを指摘していましたが、
観光客集めの件、どちらの業界も血眼になっているのでしょうが外国人には人気のスポットのようです。
扨、
現代もそれは変わってはいませんが火の始末は寺にとって最大の課題だったわけです。
先日は女性のピックアップとお笑い演出過多とも思えるようになったホームドラマでその名が出てきましたので昔の画像を引っ張り出してきました。亀姫の墓です。
この寺もかつて「奥の墓道」氏と訪れた岐阜市内加納の地にあるお寺で光國(国)寺(場所はこちら)。
こちらのお寺にある「普照殿」には絹本著色亀姫像が収められているといいますが、それはともかくとして彼女のお墓が団子状に化けていました。
墓というカタチその体裁を整えていないよう。一見して串団子の如く〇が3つ重なっています。
墓の隣には小さな社がありました。
そしてその前には石標が。
⑩⑪「秋葉神社・町内安全」は付近住民からの願いでもあったでしょうね。
昭和20年の岐阜空襲で寺もろとも付近は焼け落ちたとのこと。
灰燼に帰したとなれば、墓石もバラバラ、混乱期の修復はこれが精いっぱいで以後そのカタチが踏襲されているのだろう・・・などと勝手に思った次第。よくあることですから。
しかし焼き団子は美味いのですが・・・
私も彼もネコ好きで、あの時は墓よりもこちらの方に気が向いてしまいました。
墓場に黒ネコはよく似合う。
因みに拙寺のクロネコ舞鶴殿は家猫に昇格してから、食欲に目覚めて外時代の2倍の体重と化しています。
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