大晦日はまずまず、晴れになるよう。
ありがたいことです。
催事(除夕鐘)は淡々とこなして行くだけですがここへ来ていつものスタッフの顔ぶれに異変がちらほら。
腰の手術を控えて動けない、コロナ濃厚接触者になってしまった等々・・・の欠員です。
昨日は近所の檀家さんに焼き芋係のピンチヒッターを依頼に行けば奥さんが「お寺に行くとは言っていたが今風邪で寝込んでいる」と。
「無理はしないでください」と言って帰宅しました。
まぁ、けせらせら。
慌てなくともどうにでもなってしまうでしょう。
駐車場担当に警備会社を依頼していますので境内に集中できますからね。
晴れるという確信だけで両ひざを叩けるほど、終わったも同じです。
油断は禁物ですが・・・
さて、昨日まで記した「渡」の渡古戦場。
松平家内内紛による戦ですが、鳥居忠吉もその戦いで長男忠宗を亡くしています。
それにより次男は坊さんとなっていたため三男の元忠が家督を継いだということ。四男忠広が成瀬藤蔵との一件「湯水の行水」のお相手。
こちらは岡崎市街中心域と結ぶ現在の渡橋近くになりますが、以前は「志賀須香の渡し」と呼ばれていたよう(場所はこちら)。
古戦場の正確な位置も違っているとのこと。
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