昨日の首都圏からの来訪者も両親は血管系の疾病と持病持ち、そのうえ10月末に「夫婦でコロナに罹ってしまった」と笑顔で。
堂内の会話で一瞬間「固まり」ましたが、「3週間のインターバル」を頭の中で確認し、「まぁ、いいか・・・」と。
少々怖気づく私がありましたが、ゆったりと時間を持ちました。
症状としては夫は微熱程度、奥さんは一晩中の咳の連続はあったものの熱は大したことなくうまいことやり過ごせたとのこと。
私の息子が罹ったタイプとは明らかに症状が違ってきています(現在の流行は「BA.5」か) 。
そもそもご主人が会社から持ち帰って来たウィルスを奥さんに感染させたというのが原因だそうですが、感覚としては「無症状」のキャリアが「そこいらじゅうにゴロゴロしている」と。
今のところ「最強の抗体を持っている」ので当面は安しているとのことでしたが、私がコロナ感染者の毛管内の劣化傾向について触れるとやはり遺伝の件があるのでそこは承知していると。
ご夫婦とも血圧が高めだそうでこの冬は特に警戒するとのことでした。
冬の風呂場はまさに鬼門。
本日のコスタリカ戦と同じ、甘く見たらヤラれます。
日本の場合、敗戦でも「ドンマイ どんまい」、予選リーグで敗退したとしても「よくやった~」の優しさを以って帰国、迎えてもらえますが、コスタリカチームは違います。
彼らには基本「家族を養う」ハングリーさもありますし「負け」敗退で帰国したらボロクソに叩かれまくられます。
まずコスタリカには後が無い。背水の陣での起死回生の必死であることを忘れてはイケませんね。
「勝てる」と思った瞬間に足元を掬われるという結末はよくあることです。
上手の手から・・・ミスもつきものです。
日本ではそれを悲劇とかの語でその劇的を称そうとしますが、その油断から起こる夢からの目覚めは必然というのでしょうね。
4年に一度のW杯、ついつい語りたくなってしまいました。
さて、鴨江寺は現在真言宗ですがかつての天台宗の時代、長暦年間(平安期1037~1040)に鴨江寺が戒壇を独自に設置しようとしたところ、その件反対、対立した比叡山延暦寺はその件を阻止するために僧兵を派兵したといいます(曳駒拾遺)。
史実かどうか疑わしいところがありますが、その合戦場の位置も指定されていて何よりその戦闘で双方1000人の死者が出たといいます。
画像は浜松市内の鎧橋(場所はこちら)。
鴨江寺の南になりますがこちらで迎え撃ったということでしょうか。
浜名湖が海と繋がる以前の事ですから最短距離の海側を通過するコースは東上しやすかったかと。
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