昨日6月23日は沖縄行きを常々意識している者にとっては大まかな梅雨明け日でその訪問機会の目安。そして同時に「慰霊の日」でもありました。
沖縄に行くならばそこから7月初旬にかけての狙いがベストであると意識するポイントの日ですね。
まぁその体感は人それぞれ雲泥の差になるかも知れませんし年齢によってもその差は物凄くあるもの。
人によってはその時期に地獄を見る人もいるかとも思います。
快晴灼熱無風熱帯夜の日々。日焼けによる肌身焦熱ときたら内地とは比較になりません。
その時期を外すと・・・沖縄は台風の通路で夏季といえば運悪く荒天など多々あって、最悪飛行機が飛ばないなどの悲惨がつきまとう場所ですから。
私がその時期がベストというのはその襲来の確率が低いということ。よって夏の特に8月のお盆の頃に大枚叩いて(ハイシーズン価格)沖縄に行くことは「バクチ」のようなもので避けるべき。絶対にありえないと長年得た結論でした。
そしてまたその23日は駿府慈悲尾増善寺(またはこちら)の「今川氏親公命日法要」の日でもありました。
文芸まきのはらの秋野氏はその法要の参加は毎年恒例のことで昨日も法要後にあの墓地頂上の祠まで上がったそう。
「例年になく多めの参列者があった」とのことでしたが、静岡市のご担当者御一同ほか「臨済寺詣での件は良く聞くが増善寺となると何故かイマイチの感」と嘆いていらっしゃいました。
交通の便が悪いのと、ちょっとばかり通好みの場所ですからね。
一般には取っつきにくいかも知れません。
私はこの日はたまたまその近くのホールにて法務がありました。
相良新町のかつての知る人ぞ知る「ひっこみや」のおかみさんの葬儀式でした。
数年前に静岡の施設にて暮らしていたようです。
その風変りな店の名はいわゆる駄菓子屋さん。
子供たちが集結する憩いの場です。
殆どお向かいの駄菓子屋さん「なべや」とは親戚関係ということも今回初めて知りました。
実はその店の本当の名称は「そもそもナイ」というのが真実。その通称名は「知らぬ間に地元でそう呼ばれるようになっていた」といいます。
当時は2mばかり本通りから「ひっこんでいた」からだとのこと。その件もここで初めて知らされて腑に落ちたところでした。
また、今一つそれを聞いてひっくり返らんばかりに「なるほど」と唸った件がありました。
今年に入って慈悲尾の斎場に訪れたのは今回で三回目。
相良から静岡市内に転居する家(先日は焼津市でした)が意外に多いのかたまたまなのかよくわかりませんが、私が地理的に明るくないということと、新設のホールも次々に出来てナビが対応不可の感あって毎度不安に陥る地です。
電話番号で追いかけても「登録なし」で拒絶されますからね。
私が遠方出仕の場合、まず未知の場所。
そしてナビの設定は奥方の役目です。
電話番号がダメなら住所で登録するのですが奥方はここ静岡市羽鳥地区の住所を入力する際に相当のイラつきを表に出し「静岡のココの住所はオカシイ」「やはりナビ自体がイカれている」等々といって問題を提起してくれます。
埒があかないのでグーグルマップで周辺の施設の電話番号を探索してそれを入力、今回もそれで対応したくらいです。
私もその件不思議に思って今度こそ・・・と担当者をつかまえて「どうしてそうなの」と問い詰めました。
その問題が「千代田」の地名はあるが「千代」はないのだが・・・ということ。
私の目標地番はその「千代」でしたから。
するとその「千代」の読みは「せんだい」が正解とのことでした。
小田原住まいの長かった私どもなど千代小中学校の名や知り合いの千代ちゃんの名などもそうですが「ちよ」以外の読みは想定外、まさに唖然。
自宅に戻ってその件「田舎者を晒して来た」と奥方に話すと
しかし「せんだい」は「仙台しか思いつかん・・・」と尚も不服そう。
葬祭場の名「せんだい」には「何がせんだいだ!!」と当初は怪訝な顔をしていたほどで、その正解を話すとやはり口を開けて驚いていました。
慈悲尾と建穂寺は読めても「千代」でこれだけ「ワケわからん状態」に陥っていたなど・・・地名は奥が深い。
さて、西尾の岩瀬文庫。
地番が「西尾市亀沢町」で「鶴城公園」にあるというつまらん疑問が。
鶴城の名は西尾城(西条城)の通称で「刈谷城の亀城」と対になるものと承知していましたので・・・
まぁ「鶴」といえば「亀」というのが日本人の頭にありますからね。どうでもいいことか・・・
また、文庫を出ての帰り際に目に入ったのが外構の土塁状の囲いを思わす結界。
私は西尾の城の縄張りについて理解していませんが、「本丸からは離れているが・・・」と思いつつもその開口部の跡、城郭遺構ならば虎口あとか・・・などとその石垣をカメラに収めてきました。
放置されつつある土塁に崩れかかった石積み・・・というだけで気分が高揚しますね。
②③は園内にある小さな池。モツゴは外来種の繁盛によって絶滅危惧種となってしまった種とのこと。
やはり私は「日本の古いもの」が好きですね。
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