藪 冬季ならば基本「入る」 正源寺付近の古墳 

ある方が息子さんのいわゆる「家庭内暴力」について語っていました。他でもその手の類、よく耳にするようになった昨今です。

要は子供がイライラを家の中でバクハツさせてしまうものですが、別の方は夫逝去後の母親の闘いとなっていて、かなり深刻です。

どうやら就業意欲も無いようでそのイライラはゲーム等の結果が主の様。

小さい頃はゲームをやる、やらないでしばしば親の注進に反抗的になるところは知るところですが、成長して尚それがエスカレートするというみのでしょうか。

それならやはり最初からゲームなどナイ方がみんな幸福なのに・・・と考えてしまいます。

 

そしてある家ではお母さんのかけもちパート収入で家計を支えているような状況もあります。

「毎日くたくたはしょうがない」が「何時までつづけられるやら・・・」と切実です。

数年前では某地区で障害認定された子供(と言っても40代くらいか・・・)が父親を殺めた事件もありました。

 

一言で「ひきこもり」という精神状態として一括りで言うようになりましたが、その手の状態に陥る「子供」を抱える家庭というものは数件に1件の割合くらいに、かなりの数に上るような感覚がありますね。

 

人間だから色々な性質はあるものですが、社交性、協調性、親和性の欠落というものは「人間」という文字の如く、「人と人の間にある私」にナイことになりますので、本来のあり方ではありませんね。

どうすることもできない私の無力に歯がゆさばかり感じさせられます。

やっぱりこの国、イカレているのかな・・・

それも人口減少の一端。

 

さて、昨日の正源寺のポンプですが、たまたまNHKの番組に出ていましたね。在留外国人への方に防災アイテムをどう報せるかという番組でした。

殆どメンテナンスフリーのようですからね。欲しいものの一つ。キリがない。

 

その正源寺は幸田(こうた)の地の北、岡崎から真っすぐに南下する国道248号線沿いの平坦な場所にあります。

「田」の付く地名ですので古くから「田」主体の生活が思い起こされますが、普通に考えれば「福田-ふくでん」の如く仏教的感覚(「世の燈明と為りて最勝の福田なり」)を含めた「果実」を比喩的に名づけたものもありますが、「田」であるからといって「稲作に供する地」という意に限りませんね。

やはりこの地区周辺にも見られる「深田」の如く「湿地帯」を意味したりします。

 

まぁこの「幸田」の地名を見て、まずは元はその「コウ」は「幸」ではなかったと思うのが第一印象。

最近の新地名や地名変更で出てくる頻度が高い文字に「幸」がありますのでその系統かも・・・と思った次第です。

かつては地頭方の「鯱岩(しゃっちゃ)」を「幸岩」に変更案が出てさすがにそれは地元で却下されたという経緯があったと聞きました。

 

ついついその幸福の「幸」を使いたくなる気持ちはわかりますが、安直すぎますね。

ただしその「幸田」の「幸」については私は今一つよくわかりませんが。

幸田には深溝(ふこうづ)という字がありますが、そちらの谷状の地形の対比を考えると高い場所の湿地帯・・高田など思い浮かびますが。また深溝(ふこうづ)という読み方から類推すれば

「深田」ーふこうだーの「ふ」が消えて「こうだ」になったなどと・・・

 

どちらにしろ、それらの地名は次回の大河ドラマに登場するのかしないのか、興味が沸きます。

 

その正源寺から南側を見やれば明らかに円墳では・・・と思わす小山が目に入ります。

その時は冬場の良き天気ということもあって一応、顔を出してみることにしました。

手前の小さい方には看板が立てられていて紹介文が。

フェンスと重なって読みにくし。ヤル気ナシ感漂っていますが後付けフェンスであったらば仕方なし。

私有地のようでしたが、色々「後から利用」の跡が見受けられました。

 

④は大きい方の円墳らしき竹藪の中。

石垣があるということはかつて何かの施設があったことがわかります。また各所に墳墓が散らばっています。

 

文化財の意識が無いころといえば古墳は土砂を採取したり石棺は畦道を渡す石橋にしたり、材料素材の供給元。

無事に残ったとしても村社などを建てられることが多いですね。