世の流れは「緩和」。
社会のレジリエンスでしょう、元に戻ろうとしています。
まぁ経済界をバックにお国の尻腰を押す姿がありますし・・・。
そして何より、それをさらに後押ししているのがコロナ感染者数の減少ですね。
良き方向に向かっているのなら有難いことですが、まだまだ先の事はわかりません。
国の「金儲け」基本の施策はまったく信用ができませんし、罰を受けるのは庶民ですから用心していかなくてはなりません。
昨晩のNHK「浸水リスクエリアで人口増加」など見ているとそんなところ(国民の命より大きく俯瞰して「経済重視」)が匂ってきますからね。
「市街化調整区域」の捉え方の変更があったから故ですが、開発を抑制すべきエリアにバンバン住宅が建てられていたという現状。
それでいてそこに住まう住人は「浸水エリアとは知らなかった」というお粗末さ。
とはいいながら、「今回も世話人会開催はしない」(盂蘭盆会法要)と決めていたものの、その緩み気分に乗っかって「とりあえずやってみよう」との気持ちが擡げだしました。
ということで世話人会開催の予定を急遽入れることになりました。
久しぶりの世話人会で新総代による会は初めてになりますがどれだけの世話人様が集まってくれるか・・・。蓋を開けてみなければわからない・・・
さて、相良城本丸裏にあたる相良小学校の裏に散乱していた、相良城の堀に使用されていたと思われる石の回収と拙寺外構への設置は昨日で無事終了しました。
奥方は「全部が全部、相良城に関わる石ではないだろう・・・」と訝しがりますが、私は「石に聞いてくれ・・・」です。
相良城建築時代の石積みは表の面を平らにして左右の石との接着が見栄えがよいよう一つ一つを加工を施していたか(打込み接ぎ)と思われます。
石材は安山岩伊豆石が多いようですが、カタチが均等でなくかつ石質の違うものも見受けられます。
特に後者の場合「相良城とは関係ないのでは・・・」と奥方。
その件も「石に聞いてくれ・・・」。
相良小学校は田沼時代の相良城以前といえば、家康の鷹狩陣屋、それ以前となると武田方による相良館など推測できるところですからね。何に使用されていたかなどわからない。
石に標識でも付いていれば・・・などと笑って応えておきました。
ただ積み方と直線になっていないなどなど・・・ご指摘の多数、頂戴しました。
積石は高さ2m超えにならなければ許認可不要。
そこまで積もうなどという気はサラサラありませんが、西側の土塁下に3~4段で積むとしてあとざっと1000個は必要でしょうね。
並べた石たちの裏側には黒土を入れます。
先日0.5立米(7500円-軽トラ一杯)を投下しましたがあと1立米は必要かも知れません。
土塁上のイヌマキが倒れぬよう根本を養生しなくてはなりません。そして笹は繁茂に任せるというのが基本です。
もう相良小学校裏に石垣用石材はありません。
現状周辺敷設されている石垣を解体する・・・などの件があれば別ですが。
あとのことは息子にまかせることにします。
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小山 (月曜日, 06 6月 2022 08:42)
ご苦労様でした。見てくれも感じがいいですね。
野村庄右衞門幸正 (月曜日, 06 6月 2022 11:22)
お疲れ様です。そのうちお寺が相良城と呼ばれるようになったりして(^^)
今井一光 (月曜日, 06 6月 2022 20:09)
小山さん 野村さん ありがとうございます。
最近、相良の街中の石積みやら、他人様宅庭先の「石」の存在を目で追うようになってしまいました。
相良城廃却材のうち石垣についても周辺住民に払下げしているというのが通説で、今もなお相良周辺の土の中、家屋の土台として潜在していると考えられます。