「一番怪しいのは私である」を念頭に行動していたとしても内心はいつも「私は正しい」というのが「私」というもの。
私の法務のうち葬儀場巡りの頻度は高いものがありますが場所は選べません。先方の事情というものがありますからね。
よって当地以外の初めての会場に出張した際毎度のどぎまぎ感を味わうことになります。
「処変われば~」でそれぞれの地で違いがあるのです。
私の方で「合わせる」「従う」というのが手っ取り早く、まずは私の主張などすることはナシ。
一昔前でしたら本堂勤修以外考えられなかったところですが、最近は葬儀場が林立してその主体はそちらに完全に移行していますからね。
最近の傾向としては出棺前の「お花入れタイム」が激増しまたそれに力を入れるようになっていること。
ということでその時間を考えてのお勤め終了を意識しなくてはなりません。
だいたいそれに30分の余裕を見ないと会場担当者に叱られそう時計ばかり気にするようになっています。もたもたしていると出棺の時間が押されるということです。
それは私がこれまで伺ったことのない地域の葬祭場のこと。
葬祭場の住所の記されたFAXを頂いていましたのでそれを奥方にナビに入力してもらって出かけました。
まず自分の頭の中にあった場所のイメージがありましたが、現地を走ると違うエリアに向かっていたのでした。
「オカシイ!!」を感じたところで前方に〇〇葬祭の看板がありましたので車をすっという具合に駐車場に。
ただし大いに不審。
葬儀社の名称も違い会場前の看板の名前が他家の名になっていました。
そこで自宅に電話「どの住所を入れたんだ!!」とイライラ感爆発暴発の躰。
間違った住所地を入力したとすれば違う場所に到着するのは当たり前の事。
ただしこの業界は買収などで名称が変更するところを各所で見ていますのできっとそうかも知れないと確認にホールに突撃。
時間前で担当者も見えず、確認もできずに車に戻って再び奥方に怒りの電話。「どうなってるの?」。
そのタイミングでナビに今一度目をやると、その目的地はまだ到着していないまさに寸前の状態でした。
そういえば「到着終了」のアナウンスはありませんでした。
縮尺を大きくしていたことで地図が大雑把になっていたこともありますが、その会場の先に△△葬祭があって名前もビンゴ!!。
要は強烈な早とちりをやらかしていたのですが帰宅しての言い訳が恐ろしいものがありました。
終始「私は正しい」「誤っているなどあり得ない」の驕りが集結していたということです。
奥方がミスって入力、ナビがイカれている、名称変更があった・・・すべて他者のせい。
強く反省はしましたが、おそらくまた同じことをやるのでしょうね。しかしだんだんにその傾向が強くなったような。
本当のバカなのか果たしてまた暴走老人デビューを感じました。
奥方は「もうとっくに・・・」「今頃気づいたのか・・・」と。
さて、木戸の長因寺灯篭(撤去灯篭含め)について記しましたが本日も地震対応の追記です。
長因寺の鐘楼に木製の支柱が設けられいたところ着目しました。
拙寺の場合、山門と鐘楼の崩壊については半ば「覚悟」しているところでしたので、この補強方法ならば「私にもできるかも・・・」です。
突っかえ棒作戦、検討しなくては・・・転ばぬ先の杖という語もあります。
また岡崎の両町(こちらの画像⑦)にはやはり撤去された常夜灯の痕跡がありました。岡崎両町といえば岡崎のド真ん中とも言ってもいい中心地。
街区の常夜灯は今や厄介者と化しているのですが、まぁ私も当家の「壊れた常夜灯」にならないよう。
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