子渡井の枡井戸 聖徳太子伝承の古道 宮路 音羽川

 

昨日は「3月の気温」だったといいますが何とも心地よく過ごさせていただきました。

ともかくこちら遠州にとって「無風」ほど素晴らしいことはないのですが一日中温かな空気に覆われていました。

風(隙間風も含む)というものがいかに体感温度を一層に下げるかわかります。

 

風は木々を揺らしてごーごーと不気味な音をたてますから尚更不快なものです。そして乾燥期だけあってその風こそ大火事の要因になるだけに嫌なものです。

 

昨日は旧大東(掛川南部)の住宅地で火事がありましたが、昼時に物置で餅を焼いていたその火が原因だったといいますね。

幸いにも全焼にまで至らず消火中にヤケドを負った方のみ、ケガ人一名で済んだとのことですが、もし当地特有の「遠州の空っ風」が吹いていたとしたらもっと酷いことになっていたことは目に見えています。

 

奥方はそのニュースを見て「気を付けなさい!!」と。

というのは正月の餅の処理係としてここのところ小型の火桶(陶製火鉢)に網を用意して餅を焼いて食していますので。

火の不始末もそうですが、その生活を続けると胃を荒らして、体重増につながってしまいます。

 

さて、その風が木々の間を抜ける「ごーごー」の不気味は今年の第一回目の山歩きで早速体験しました。

知らない山道で独り、道に迷い、自身不明になれば尚更その音に不安を掻き立てられるものですね。

 

毎年、「第一回目」となれば比較的ハードなコースを選択するというのが常ですが今年は三河の山城にしました。奥方は「死ぬなよ」と小遣いとして1000円札を数枚渡して見送ってくれました。

最近はスマホとカードだけで事は足りますので現金を持ち歩く習慣がなくなりましたが、時としていくらかのキャッシュが必要というシチュエーションに遭遇することもあるからということです。

愛知県と言えばオミクロンの感染者が急速に増えている地ですが三河の山の中では人との接触はありませんからまったくノーケア。

 

その城は城郭体系によれば「三河で一番」の山城のスケールと遺構の残存状況について記していますが、ひねくれ者の私は通常推奨されているコースではなくできれば裏から廻りこんでみようと数キロほど離れた山道を当てずっぽうに勘と経験則の自信を元に車を麓の空き地に乗り捨て、獣用のフェンスを開けその世界に入りました。

結論として無謀。

山城の背後というものはそもそも人の侵入を拒むような地形で、自宅に帰ってその書物に目をやれば、谷と尾根の連続が「自然の竪堀」と。なるほどでした。

10時に登攀開始し下山できたのが14時前。

それもその段階では城にはたどり着けず何故か白いものが降り出したため「帰ろうか・・・」とも考えたくらいです。

私のその自身の裏付けは「スマホのナビさえあれば」を根拠としていましたが、その日は大きなミスを2.3やらかしました。

 

スマホには方位を示すソフトがダウンロードしてありましたが、何故かそれが示す方向はまったくの気まぐれというかデタラメ。そしてナビの移動手段の単位を「車」から「歩行」に変更するのを失念していたことも致命的。

正確な方向がわからない、いくら歩いても目標地点に近づかない・・・で張り出した舌状の台地を上がったり下がったり。

ヘロヘロになって何度も落ち葉の上で寝ころんで休んだくらいです。

スマホの電池も消耗しまくって15%を切る始末。朝方奥方にそのバッテリーを「ほい」という具合に渡したことを後悔しても後の祭り。

最悪、日没の不安があって「これはマズイ」ととにかく下山を選択しましたが道のない未知の山を下山するというのはこれまた不安ですね。まぁいずれにせよ「おまかせします」ですが。

そんなときはその台地尾根を下っていくのが一番楽となりますが、そういった尾根はどこかで急坂の谷にぶつかるものです。

画像①。

 

木々が立っている場所を選んで飛びつくようにして足場を確保しながら降り続けると小さな小川が流れていてそれに沿ってさらに下ると林道にあたりました。

こりゃうれしや・・・ととにかく車を置いた場所に向おうと歩き続ける最中に出会ったのが画像の湧き水。

「聖徳太子」の文字を見て、「おまかせして・・・導かれたのだ・・・」と勝手に納得。その小川は音羽川の支流だったようでした(場所はこちら)。

 

しかしこれほど無意味に山歩きをしたとは驚きです。目的地を通りすぎて逆方向に進んでいました。

考えてみれば山城の背後に案内板などあるはずがありませんからね。

山で遭難する人が後を絶ちませんがやはり山の中は人を惑わせる何かがあります。あの木々を揺らす風の音は・・・安吾の「桜の森~」を連想してしまいます。

最新機器があったとしてもそれを過信した私は愚かでした。

 

④⑤画像は一旦車を拾いに戻り、まだ意地を張ってあの辿り着けた林道に舞い戻りその道を上がったところにあった駐車場の「入会地」の石碑。

近くの分岐する林道の入口にバリケードがガッチリ⑥の様。

そちらで初めて「無理だった」を悟って正攻法の登城路に修正したのでした。

⑦~⑩が聖徳太子所縁の井戸。

こちらの名水を汲みに来る人もいるとのことですがこの前を3回通りましたが人っ子一人見かけませんでした。

 

これだけ無理しても楽しかったことは言うまでもないことです。なにより左足の関節から痛みが発生しなかったことはよき兆候でした。

 

 

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コメント: 2
  • #1

    小山昭治 (火曜日, 11 1月 2022 09:00)

    「無謀」ですね。
    私は山へ行くときは、1,ユーチューブ 2,地形図 3,スマホナビ(ヤマップまたはジオグラフィカ)で確かめます。
    スマホの予備バッテリーは当たり前、アマチュア無線機(予備電池)、非常用シート、ツェルトは必ず持っていきます。山を下りるには午後3時まで。
    くれぐれもお気をつけて。

  • #2

    今井一光 (火曜日, 11 1月 2022 09:51)

    ありがとうございます。
    私の山歩きといえばお遊びレベルの山城探索。
    本格的なものではありませんから最初からなめてかかっていましたね。
    まちがいだらけの人間がお調子づいて動いて失敗を重ねている様です。
    それをわかっていながら毎度同じミスを繰り返すのですから。
    それもまた一つの楽しみでもあります。