ピントのはずれた「やった感」の数々、あのアベノマスクほかあげればキリがなくて、見ている方も呆れ果てていますがその勝手な自己満足の「やった感」は、結構に本当の問題の解決を遅らせることになります。
あのマスクなど殆ど無駄なものでその短絡発想による出費に関して、どう責任が取られたのでしょう。
ことの本質は、子供用として重宝したからなどいう「なぁなぁ」で済む問題ではないと思います。以後その手の無知と無策の数々に見舞われているのですから。
その無意味を感じさせる施策が継承されての今なのですが、すべてモノの本質を捉えていない無知からくるチンプンカンプンを大いに味合わせていただいているのが私たち。
政策が真の「解法」に迫っていないということですね。
何か「ヤル」のアナウンスとしては「GO TO キャンペーン」などの大風呂敷が顕著なものでした。
ほとんど適格な的を射ていないか庶民レベルからして大いに疑問となる「ヤッタ」感。
頭の中が硬直しているお役人と政治家のタッグは国民に困窮をもたらすばかりです。
バックに「利権」と少々の「プライド」が絡んでいるからこそのそれですが市中庶民の疲弊はいかばかりか。
それにいつもの、大丈夫だろうの「楽観」と「五輪強行」による本質の捻じ曲げが加わって今の感染爆発による「日本大変」が惹起されているのでしょう。
昨日ブログでは「海の家」を借り上げて野戦病院化したら・・・など冗談のようなことを記しましたが、それは偏にデルタ株の空気感染を加味したもので「空調よりも換気」の重要に重きを置いたところから出た私の思いつき。海は風が吹きまくっていますから。
野戦病院といってもその手のもの(海)であれば介護看護者はもとより、感染者同士であっても変異株のさらなる感染へのリスクは低減されるはず。
空気の流れに関しては密室度ゼロ。スカスカですからね。
同座した感染者のウィルス株が違う場合もあるはずでデルタ+ラムダ+〇×ウイルスなどのMIXなど考えただけでおそろしい。
毎度、沖縄の感染者突出について記していますが、アレはまさしく空調密室で換気を怠りがちになる環境(暑さと湿気)があるからですね。
それがまた沖縄の当たり前なのでした。
窓を閉め切ってエアコンをギンギンに掛けた部屋に籠る・・・。
クルーズ船対応の経験と沖縄での強烈感染爆発を目の当たりにしておいてその実体験がまったく生かされていないのです。
それは「三密忌避とマスクと手洗い」といった自己防衛。
そのまったく当初と変わらないメッセージでは空気感染というものに対応できないということです。
データではデルタ型などの変異株は「空気中に3分間、感染力を維持したまま浮遊する」といいます。ウルトラマンと同じですね。
これがウィルスを持った人と「すれ違っただけ」で感染するという理由です。
よって密室系閉鎖空間や地下街など新鮮空気が流れ憎い場所はヤバイの一言。それが今度の拙寺バスツアーを中止にした理由に他ならないところでもあります。
しかしバスの前側の窓と後ろ側の窓を左右2か所ずつでも開ければいいのでは・・・とも考えましたが、その窓を開けて走ったら窓近くの人からは「やめてくれ」の悲鳴があがるでしょうね。
そもそも最近のバスは窓の開け閉めができないものがありますし・・・
無発症感染者の存在について適宜記していますがそういう人は自分が感染者であることに気づいていないワケで、もしその人が同じ部屋に居たり、同じバスのツアー客だった場合、知らないうちに感染が広がってしまいます。
そしてよく言う「濃厚接触者」なるくくりですが、とても曖昧で首を傾げたくなるものです。
※患者と同居あるいは長時間の接触(車内・航空機内等を含む)
があった者
※手で触れることのできる距離(1m)で、必要な感染予防策なし
で患者と15分以上の接触のあった者
とあります。
「車内航空機で長時間接触」とはありますが陽性者が出たとしてその空間にいた人たち全員が一概にその「濃厚接触者」にはあたらないとされるパターンを幾度も見てきました。
それを踏襲しているのが現状であってそれはまた当初の考え方でもありました。感染者のごく近くに線を引いてその外側はセーフというもの。おかしくて適当を思わす理論です。
「必要な感染予防」とはマスクの装着のことでしょうが、距離が離れていて15分未満の会話ならOKということになります。
それらはデルタ型の変異にはもはや意味がまったくナイのではないでしょうか。
なぜならばデルタは空気感染するからですね。
「飛沫を飛ばさない」などまだそれを言っている人がいますがそれはあまり庶民への警鐘、正確なアナウンスとして繋がっていないのでは・・・。
むしろ錯誤に導いているのではないかと感じる昨今です。
感染の原因が(感染者の吐いた)「空気」であってその唾を浴びることではないということを伝えていないのです。
そのバスや飛行機(飛行機の換気は比較的良いとは言われますが)の中に感染者がいた場合、その「空気」であればその会話の有無と距離の遠近関係なく、そしてマスクの隙間から入りこんだ(時に眼から)ウィルスが感染の原因となるワケで、世にいう「濃厚接触者はありません」の信ぴょう性を疑うに至るワケです。
そこまで厳しくしていたら「経済その他まわらなくなる」という理由がありますが、疑わしい時に検査をサボってきて逆に経済その他まわらなくしているという現状が悲しいかなまだわかっていないというところです。
子供は感染しないとか若い連中は感染しても軽度で済むなどという話が当初はありましたが、それも大いなる錯誤を与えてしまいましたね。
感染力が変異してアップしたデルタは今、子供が学校の友達からもらってきて家族全員がノックダウンしている様相を見せていますし「日本ECMOnetのCOVID-19 重症患者状況の集計」を見ていると今は50代の働き盛りがそのお世話になっている様がわかります。
勿論それ未満の年代でも増えています。
その「ECMO」なる体外人工肺の装着は「意識の無い危篤状態」にあるということを付け加えておきます。
静岡には2000人以上の自宅療養者がいるそうです(そして全国では10万人弱も)。
いわゆる「あなたは軽症だから」のレッテルを「とりあえず貼られた」ということですが、そのレッテル貼りの基準はどんどんより重い状態を含めているとのこと。
まぁ病院が満杯で「ECMO」待機者もごっそりいるわけで結果
的にそうなったのではありますが、これを「医療崩壊」といいますね。
それでもって「第二種感染症指定医療機関の指定状況(令和2年10月1日現在)」なる全国の病院リストを見てみると我らの住む牧之原市、榛原病院が入っていないのですね。現在とは違うかも知れませんが・・・
どちらにせよ入院なんてできないのです。
父の異常の際、島田病院の地元優先的雰囲気が忘れられませんね。
私が「海の家」に行きたい理由はそれでした。
「終わったこと」として黙っていられないので何度も記しますが、やはり政府がやるべきことは「検査」でした。
当初から「検査数を上げて・・・」と各方面から言われていたにも関わらずまったくその件数を上げ未発症感染者、軽症者を拾い上げるという作業を怠り続けてきました。
ただし今からでもそれを進めていただければ有難いのですが。
使用不能のマスクではなく、定期的に抗体検査やPCR検査のキットを配りまくっていれば、早期に感染者を見つけ出すことができたはずで「こんなことにはなっていなかったはず」とボヤきたくなるのです。
野戦病院の設置もそうですが、いつでもどこでもお気軽無料の検査体制を整えるという発想が出てこないこの国お偉いさんとやらのお頭の中、できればカチ割って覗いてみたい。
①は豊島区方面から静岡方面を見た図。
友人の「女墓場」が送ってきました。
当地は雨と曇と晴れが目まぐるしく変わった日。夜はずっと雨。東京はお天気だったようです。
②は義母から「マスクならコレでしょ」と送ってきた韓国製のマスク「KF94」。ウィルスがバージョンアップしたからには防御態勢もランクを上げなければ・・・ということで。
奥方が買い物に行く際はそれを装着。夏季は「ちょいと苦しい」とのこと。
③は各国の検査数の推移と比較。
日本の危機感ナシの様相がうかがえます。日本の人口1000人当たりの検査数は0.71件(8月11日)で、イギリスの15分の1(東洋経済オンライン 渋谷健司教授の資料から)。
無策はただそれだけではありませんがね。
海外先進国の顔色を見て行動するのを常とするお国柄なのに国民のためになることとなるとそれを真似られない。
すでに「学校も首都圏私鉄在来線新幹線、すべて止めます」の時期に入ったかと?
今それができたとしたら私はガースーを見直しますよ。
まぁ、それはできないのでしょうが。
国民みんなでドツボにハマる、そんな感じがして・・・
今、子供たちを恐怖に感じます。
ちなみにこれまでインフルはじめ私の風邪の類は檀家さん宅の子孫たちからが主ですから。
子供からもらった病気はなぜか一層キツく感じますからね。
勢いの違いがあるやと・・・都知事はやっぱり何もわかっちゃいない(パラリンピック観戦の学校招待 子供観客)。
観戦して感染、それから自宅で家族に感染。
それらが発症前(ウイルスを最大に放出する時期)に出歩いて市中に広げるというのに。
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