昨日もドがつく晴れ。
NHKのここへきて変てこなBS放送スケジュールの変異があってオオタニサンの放送ナシ。
まったく興味のわかない五輪関係の番組になっていました。
おそらくお国から「MLBなんかけしからん」と指摘されたことと拝察いたします。
私から言わせていただければ国民からすればその方がよほど「けしからん」。いよいよ呪われたごとくの五輪の躰になりつつありますが、もはや苦笑するだけです。
これからオオタニサン見たさにユーチューブライブの検索から朝を始めなくてはならなくなりました。
前日に大正八年生まれのお婆さんの逝去の報せがあり、今後の諸予定の連絡待ちということで終日お寺に居っぱなしでした。
ちなみに故人は孫ひ孫玄孫合わせて51名というご長寿。
まぁスケール半端じゃない。
というわけで私は続けて松の剪定のため脚立の上に。
松の剪定など本来私の性格には合わない仕事。
根気、集中力、センス何をとっても落第者。
それをやらなくてはならないのはただ松があるから・・・
松は剪定しても1年後には勢いよく伸びて元の木阿弥、それでいてバッサリ伐ればより見苦しくなりますし、機嫌が悪いと枯れてしまいます。そもそものところ松は嫌いではありませんがね。
私の松剪定の様子を見た檀家さんからそのご自宅の庭にあるお父さん由来の松の盆栽の引き取りを依頼されました。
私は盆栽には興味がないところですが、「どうしようが勝手」とのお気楽対応を許容されて引き受けました。
あと2本小ぶりではありますが松が残っていますのでそちらも早いところやっつけなくてはなりません。
手が入っていない松ほど見苦しいものはありませんからね。
脚立の上で淡々と葉摘みをしていれば、時折奥方が様子を見に来ます。脚立といえば「落ちる」を連想してそれを楽しみに見に来るのかも知れませんが、お日様の勢いが強く、それでお頭の方も「イッている」かも・・・と気にかけてくれているのかも知れません。
私はそれでもこの門近くの松に張り付いていたのは、市の道路課の担当が来ることを待っていたということもあります。
それは朝一、門前の道路、アスファルトに陥没箇所アリの通報をしたからですが、気温が高くなればアスファルトの陥没、剥離はつきものです。
この道は通学路兼避難路になっていますので、今後それが拡大していけばケガの元となるかも知れません。
忙しいのでしょうね、私の居るときには見えなかったようですが、こちらも早いところ対応していただきたいものです。
さて、昨日は拙寺境内の「河原に転がっている丸いタイプの石」
の石垣について記しましたが、あの積み石の「積み」もなかなか熟達していないとできないことを聞いたことがあります。
「今はそれができる人はいない」とまで。
その石積みの上にコンクリ壁などを付けるとクラックが入ることを記しましたが②、実は①の隣家境界の石積みを「撤去してコンクリに改める」ことを先日いつものコンクリ屋さんに持ちかけましたがよくよく考えるとそれは具合が悪いかも・・・と至ったわけで、次回その私の発案について訂正しようかと思っています。それは排水の件。
お隣敷地に排水を露骨に出せないからです。
その石積みは目に見える位置よりかなり深い場所から立ち上がっていますがこの石積みこそ目に見えない浸透桝の役割をしているということです。
昨日は拙寺境内が50㎝~80㎝とその周囲との比高を記しましたがこれは戦後のことでそれ以前といえば周囲との差はもっとあったのでした。現在の門前の道路などかなり嵩上げされているのでした。
この周囲との高さは結構に「拙寺は水で溢れない筈である」と少々の安心材料になっています。
「水は高いところから低い場所へ」それ当たり前のこと。
①の奥に昨日「やっつけた」松が見えます。②昨日ブログにて記したクラックの入った壁。
④の突き当りに今は暗渠となった樋尻川。排水がいいのはこちらに流れてくれるからです。
④画像の真ん中あたりに陥没箇所が見えます。
溢れたらより低い場所に広がってくれることを期待しています。低いところに住まう人はたまったものではないでしょうが。
尚、①の黒い建物が「寺テラス」。今はガラクタ入れと化していますが増水津波等「水」が怖くて最上階にまで避難できるように作ってあります。
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