聖徳太子の墳墓へお参り 一遍上人聖絵

ここ2.3日案外当地は雨がないのです。

ポツポツ程度のものはありましたが、植木鉢の土はカラカラに乾いています。

かといって何時降りだすかわからないような空でもあってホースを持ち出してガッツリ散水する気にもなれず。

ハッキリしないというのはお国のコロナ対策と同じで困りますね。

 

まぁ矛盾だらけということですが、やはり今一番に感じることといえばワクチンの件。

どんどんワクチン接種しての大号令、地方の行政担当部署の尻腰を叩いておいて、今度は打つのをやめてください(ペースを落として・・・)ですからね。

 

要は「ワクチン足りなくなっちゃった」ということなのでしょうが、品物の数量について当初からわかっているはずにもかかわらず、それが予見できないなんて、やっぱ「バカなの~」と思うばかり。

ちなみに当家ではその言葉、ブームになっていますのでたびたび失礼します。それは奥方からもよく言われている語です。

まぁ仕方ないことですね。

 

ガースーが手に入りもしないワクチンを大風呂敷を広げ期限まで指定してその接種完了とコロナ後の「復活」を自身ありげに語っていましたね。

それを「かたり」と言わずして何というのでしょう。

安心・安全を連呼しつつそのワクチン供給の万全を自身の安泰とその夢(五輪開催実現)のために騙り、その真実を知った国民のガッカリはいかばかりでしょう。

まぁ私はその手の大風呂敷は大いに予想していましたので、まぁいいか・・・とどうでもよし。

 

とは言いながらもその副反応とやらの体験をしてみたかったところでもあって、少々残念でもあります。

 

そして盂蘭盆会の候、これから大小法要が開催されていきますが昨日は本堂内の片づけと清掃の一日でした。

雨降りでないのは絶妙でした。気づいたことといえば扇風機の件。

それらの活躍の時節といえば7~9月の3か月程度であとは本堂の端っこに片づけてあるだけです。埃にまみれて。

 

比較的参拝者の多いこの時期は涼を求める意もありますが強制換気に配慮しなくてはなりませんのでそれらを引き釣り出して電源テストをしたわけです。

すると2台が少々の唸り音を出して以後不動。

「これはヤバい」と思ってコンセントを抜くのですが思うにこれは本堂内の空気は劣悪、澱んでいるからでしょうね。

モーター内もおかしくならないワケがない。

 

昨日は殺人的湿気もあって不快感よりアップ。

それは何も堂内に限ったことではありませんが、扇風機の壊れやすいのは空気を背後から供給して前面に排出するところ、本体にも多くの埃が堆積するからでしょうね。

 

そもそも扇風機は安物なら2000円程度で新品が買えますので本堂用なら使い捨てレベルと割り切らないと。

なぜなら古い扇風機からの火が出た件、よく耳にしますからね。

これからの時期、扇風機不良による火事、気を付けなくてはイケません。

私はうっかり点けっぱなしが怖いのでタイマー機能を使って夜は電源を確実に切ることを心がけています。

万が一ネコどもがONにする可能性がありますね。

まぁそあいった機種は高価でソフトタッチのスイッチに限られますが。

 

今年の盂蘭盆会法要は4回に分けました。

法要後のお話のテーマは聖徳太子になります。

声高にその人の遠忌である・・・とその人のよすがについて語れどもなかなか真宗寺院において大々的に法要として取り入れるところは・・・どうなのでしょうね。

ところが今年はキリのいい数字、没後1400年遠忌と高らかに掲げることができます。

 

以前ですと「聖徳太子」といえば高額紙幣をイメージさせるほど人口に膾炙した偉人ですがそれを大きく超有名人として人々に広めたのが当流ご開祖親鸞聖人だったとよく言われます。

それは紙幣に刷られる以前から(鎌倉時代から)親鸞さんは聖徳太子を「父であり母である」と讃えてきた歴史があったからですね。

 

親鸞教ともいわれることがある私ども浄土真宗の門徒は開祖が父母の如くに敬う人に心が向かないはずがなかったわけで。

 

また、真宗門徒も一向宗もごちゃ混ぜに考えられた一遍上人の教え、時衆について記してきましたがその一遍上人は遊行の道すがら聖徳太子の墓にお参りしていました。

その図が一遍上人聖絵(一遍上人絵伝)です。勿論国宝指定になっていますが各場面、カットはネット上でも見渡せるかと思いますが人物の描写、風俗など実に見ていて飽きません。

上人は遊行僧ですから歩き回っていますので比較的色黒。

親鸞さんの木造も真っ黒ですが、外を歩き回った人でした。

 

それを見ていても坊さんは「黒くてOK」を思いますね。

日頃父は「黒いのはみっともない」と小言を言っていましたが・・・。

 

まぁ腹立たしく思われるのは当然、胸に手をあてなくとも大いにわかります。

しかしその父も若いころは祖父を呆れさすほどの厄介者だったと聞きますからね。

血は争えないといったところでしょう。

 

奥方は息子にもし子供ができて、その子が学校で何かやらかしたとして(いや何かやらかすに決まっている・・・)、黙って息子の困り顔を見てみたいものだ・・・と。

「お前が謝りに行け」とそれが言い放ちたいそうです。

私は「それこそ奇特、幸せなことだ」と。

 

画像は絵伝から。

①大阪府、その名も太子町にある聖徳太子の墳墓に一遍上人がお参りする図。