小諸なる古城のほとり  雲白く遊子悲しむ 寅さん

寒すぎてやはり籠りっきりの一日でした。

しかしまぁ、この1月2月に法事を入れなくてよかったと安堵しています。

予想通りだ・・・と自慢するわけではありませんが、新コロの猛威が爆発しての医療崩壊はうすうす感じ取れましたからね。

そんな時に皆さんには「法事を行うことはない」と持論を展開していました。

心配せず落ち着きが戻ってかつ温かくなってからで・・・です。

 

「では四十九日は?・・・」と言われますが「当一流にはシバリは無い」と。

ついつい世に言われる「法事は忌日より前に・・・」の以前からのお決まりの言を信じて不安になる様を拝見しますが今は「あとからゆっくり」を勧めています。

いざ人を集めるとなれば首都圏からの参列者が必ずありますからね。

 

特に昨日の東京の3日連続2000台と神奈川の4桁寸前の数字そして当静岡県の感染者116人。驚きもなくなりました。

やはりまた予想通り「関西圏も宣言下に・・・」という声があがりましたが政府は相変わらずもたもた感を見せつけていました。

 

昨日は寅さんのあとはNHK「加速する温暖化」を視聴。

寅さんは千曲川小諸での出会いからお話が進んでいましたがNHKの番組でも先般の千曲川の堤防決壊の事案が紹介されていました。

気候変動による雨量と海水面上昇についてはよく聞くところですが「永久凍土はパンドラの箱」と温暖化によって永久凍土が氷解することの恐怖を示唆していました。

「+1.5°で地球は暴走する」理論ですがその崩壊はメタンガス(二酸化炭素の25倍の保温効果)を大量に放出し温暖化にストップが効かなくなるということ。

そして増殖力が半端ではない「モリウィルス」という凍土に閉じ込められていた新種のウィルスもまた放出されて人類に襲いかかるかも・・・というシナリオです。

何から何まで普通の自然現象が「殺人的」に変貌していきますね。

 

今の新コロでさえこれだけの辛苦を味あわされているのですから、その結末は予想できます。強烈な気候変動と新しいウィルスの出現に人類は闘わざるを得ないのでしょうか。

幸いだったのはあの「温暖化とはフェイク」と宣ったトランプが退場したことではありますが、あの4年間は人類にとってひどいマイナスとなったのはず。時間がなかったのにもかかわらず。

これからは脱炭素にシフトされることでしょう。

 

マニュアルトランスミッションの化石燃料で動く車大好きの私どもですが、大嫌いな「電気」で動く車もそろそろ念頭に入れておかなくてはならないのでしょう。

私たちも企業も国も変わっていかないとどうにもならないような切羽詰まったところまで来ているようです。

「より良い未来を求めて」の行動ですが、まぁ私の方の変化(死)も案外早いのでしょう。その前に老いと病も迫りくるはずですし。 息子から始まる未来に託したいものです。

ただし彼に私の尻持ちはさせたくないような・・・今は漠然と。

 

その次はEテレ、ETV特集選 「親の隣が自分の居場所」

~小堀先生と親子~という番組。やはり「老いと病」の件+αの問題。

親の介護を抱えて困窮疲弊する家族に自殺する息子。

コロナ禍の介護と看護、日々泣き言と文句ばかり言っている私はやはり一言、「恵まれている・・・」。

切迫・切実そして経済的困窮の中、淡々と生きる人々。ベッドに寝ている父に胃につながれたパイプで食事を与える息子の姿。そのような日常は私にはありませんでした。

どうすればよろしいのでしょうか・・・。

 

さて、土曜日夕方の寅さんはそろそろおしまいになりそう。

昨日のタイトルは私の記憶にもありましたがそもそも「男はつらいよ」ファン歴の長い「奥の墓道」氏は30年振りに視たとのことでした。

記憶にあったということはシリーズも終盤に向かっているということですが、御前さまの耳が遠くなっているところも描かれていて時間というものが容赦なく過ぎているということを感じさせられます。

 

内容は旅先の信州小諸での出会いからで「病気と死」という無常も微妙に絡み合わせての展開。

 

小諸では島崎藤村の「小諸なる古城のほとり~」の歌が登場。

寅さんがその「遊子」について真田十勇士のそれと説いて笑いを誘う場面がありましたね。

「遊子」とは・・・「寅さんのこと」の台詞もありましたがそこのところおそらく監督は出したかったのでしょう。

 

画像は小諸城の藤村の像と歌碑。