「世界は危険な新局面に入った」とWHOの事務局長が警鐘を鳴らすのは世界中で広がる「緩みと解放」の風潮を見てのことでしょう。
昨日も日本国内と地元の溢れる人出について記しましたが世界中の人たちも規制や自粛からの解放感爆発の様相でもはや後先考えない暴走とも思える弾け具合が伝わってきました。
なんといっても抗体保有率が0.1%という都内の数値からして、もしも強毒化した第二波の襲来があればこれまで以上の痛みを味わうことを覚悟して、それが行動の前提に無いということはリスクでしょう。
当初から「緩みっぱなし」、軍人あがりの短慮というかバカというかブラジルの大統領殿(トランプの弟分といわれる)のノー天気と無知なる施策によって「新コロ」による死者は5万人を超えた(19日の発表)という異常なる数字。
予想では8月にもアメリカ超えの11万人となる予想も。
私にはブラジル国籍の従姉妹が3人いますがそのうち二人は日本国内の領事館や福祉施設にて従事。
国内にいるその一人が言うにはこういう病禍に軍人上がりのトップというものは大抵国民に向かって「戦争」という語彙を使用して鼓舞する傾向があると分析。
そういえば日本の政治家にもそれに似たのが居たような・・・
それはどういう意味かといえば「戦争なのだから・・・」
①死人が出るのは当然②弱い者が死ぬのは当たり前③強き者が生き残るべき④ただただ勝利を得るまで国民は我慢するべき
⑤よって自分には直接責任がない・・・の理論ということだそうです。
当然に、保証も支援も殆どゼロ。自己責任充満世界なのでした。
個人レベルの衛生管理は大切ですがそれですべて責任を国民個々に投げるようなことがあってはイケませんね。
どこかの知事さんもそんな風なことを仰って私もイラっと来たものでした・・・。
さて、昨日の長谷寺の二本の杉のちょっと先に石塔と石碑が立っています。
大樹の元には何故かこういった石塔がありますが、大抵は残欠状でどなたの由縁があるものか伝わっていないものばかりですがこちらの石塔はしっかりとした形状を保っています。
ただし中央の「定家の墓」などと標識が付けられるようになった五輪塔をよく見ると各石質と摩滅状況が違って見えます。
もともとこちらにあったものかもわかりませんが、ベース部分と地輪が同質のようでそちらは当初からのものかも知れません。
他、特に火輪のバランスも悪く風空は一体であきらかに後補でしょう。
定家はこちら「初瀬」について歌ったものが新古今和歌集にありました。
「年もへぬ祈る契りははつせ山をのへの鐘のよその夕暮」
(新古1142)
解説はこちらのサイト参照(恋歌です)
長谷寺は「であい」成就のお寺なのですね。
その向かって右側の定家父俊成の碑というのはまぁ親子ということで。後世になって建てられたのでしょう。
その関連で行けば向かって左側の碑は・・・定家血縁のどなたかの顕彰、追善碑でしょうか。
最後の画像は先日入った巷間撤退が囁かれているファミレス。満員になってナンボの世界、ソーシャルディスタンスと席を空けさせたらこれは商売にならないですね。
かといって満員で「袖触れ合うも」の混み方でしたら入店を躊躇します。
とにかくコレがあれば安心して入店ができるというものですが実はただコレだけではないです。
このような気構えのアピールは他の目に見えない場所にも「配慮していますよ」の主張でもありますので。
安心というものをウリにできるのです。
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