芸人さんや若い野球選手まで有名人の名があがりだしました。世の人たちは一層差し迫った危機を感じ、いよいよ委縮していくのかと思いきや東京の若い衆ときたら微塵にもそういった気持ちは起こさず殆ど危機感はゼロの様。
凄いといえば凄い根性・・・。渋谷の夜を大騒ぎしている様子が報じられていました。
まぁ「自分は大丈夫」の人間本来の持つ「問題は他人事」の性なのでしょうが、若い衆がこの病気に対して高をくくっている様子はそれもこれも政府主体で「恐れるに足らず」「重篤に至る(死ぬ)のは持病を持った年寄りだけ」等々の五輪開催の是非に発展しそうな重大事案の火消しを企図するコメントを並べ立てたことに起因しているのでは・・・。
若い連中がウィルスのキャリアとなって社会に蔓延させるかも知れないと拙ブログでも記していたと思いますが政府等、エライ人たちに限って吐いたセリフといえば御馴染みとなった「正しく恐れろ」でしたね。
その不思議でヘンテコな言葉に私も「?」を抱いていましたが、あたかもそれは「恐れることはない 委縮するな」のイケイケ風に取れました。
消費経済の停滞に気を使った意味も含まれているのでしょうが、今となっては余計なアナウンスをしたものだと呆れています。
どなたがそれを吹聴したか今一度、時と回数など並べて検証してみても面白いかも・・・
私はそういう「意味で言っていない」あくまでも「正しく」である・・・と反論されそうですが。
その「正しい」を吹く人というのが怪しいこと極まりないのにね・・・
昨日のアメリカからの航空便の搭乗客について何故にしてそうなるのか聞いてみたいものですが規制(14日間の待機と公共交通機関不使用)なしのフリーでお帰りさせてしまったといいます。強烈なミスでしょうが、これでは感染に拍車がかかるばかり。
お役人たちの間で事が徹底がされないおかしな国です。
クルーズ船の時もその手の事が行われていましたよ。
役人の縦割りとは言いながら上から下まで意思統一ができていないなんて・・・これも不思議なことでした。
横浜の息子にはもし罹患しても「助けられないので免疫力で独りで治せ」と突き放し毎度のアホは慎むよう言って聞かせてはいますが、いまだ仕事の法事を多様に抱えているよう。
ポチポチとキャンセルは出ている様子ではありますが・・・。
私の方は土曜日の法事はキャンセルになっています。
息子にはできるかどうか知りませんが法事となれば濃厚接触の方たちが増えますので、睡眠と栄養の肝心を心に留めおけと強調しています。
そして何より「自分が他者にうつす」ことも考えなくてはならないと。
御文の拝読の際、向きを変えますので本当はマスクを着用したいのですが・・・本山の意見も聞いてみたいものです。「本山の指示です」などと言えればその違和感に納得は得られるかと。
末寺は今、様々に困惑していますね。
法事の件、今回キャンセルが多くなっていますが葬式などは「不要不急」の例外要件ですからね。
どちらの国にあっても同様でしょう。
イタリア・スペインの如くわが国でもまたぞろ亡くなった人が出た時のことを考えると(こればっかりは想像するだに恐ろしいことですが)その時どう対応していくのかじっくり考える時期に来ているのかも知れません。
大規模震災のシミュレーションと同様です。
私たちは火葬場の順番取りに列をなすことは勿論の事、行政は遺体の仮安置所などを検討しなくてはイケなくなるやも知れず。
東京など首都圏の政が五輪開催の栄誉に振り回されて的確な患者の把握ができていないというのが実情。
この人達に任せてきた日本人、一体どこへ向かっているのでしょう・・・
感染爆発に医療崩壊のリスクはもはやそこまで来ているのでしょうね。
今のところ首都を封鎖したとしたら「経済のダメージは計り知れない」の声が聞こえてきます。しかし「命あっての物種」とは昔から言われているでしょうに。
経済の方はまたやり直せばいいじゃん・・・です。
(持たざる者は気がラクです)
最近になってウィルス罹患の初期症状の一端に「味覚や臭いが無くなる」というものが出てきました。
素人の自己判定に役立つうれしい提示、その症状はいたって単純ですからね。
と考えると私どもは今のところ何せ「ご飯が美味い」。
特に奥方など毎日三食箸が進んでいますから、まっこと有難いことです。
ちょっと気になったのはやっぱり有名人といえばいともカンタンにPCR検査はやってもらえる・・・ということ。
いまだ「37.5°以上を4日間我慢して」「帰国者なんたらかんたらに連絡・・・」というシバリのある庶民とは雲泥の差のようです。
症状といえば「味覚が無い」というだけの人たちがその検査を受けられるという優位性はどう説明してくれるの?・・・という感じ。
ちなみに私が「味覚がおかしい」と病院に駆け込んだとしても相手にもされないでしょう。
旦那の方は「不要不急」の弁で人の動きを「お願い」だと強いておいて、その奥様ときたらセレブと花見・・・といった話も聞こえてきます。
以前は高速道の法定速度をはるかに超えてぶっ飛ばし広島県警に検挙されなかったという前法相様の件記しましたがまったくイイ加減なものですよこの世の中は。
さて、画像は私の下駄。
歯が一つ欠けてしまったため、適当に端材を付けて修繕していましたが、昨日また欠けてしまいました。
カラカラと朝っぱら境内を歩くと奥方から「おい鬼太郎 やかましい」と声がかかります。
また当流ではそのような事は未だかつて聞いたことがありませんが、他流の「修業」の概念のある宗派ではその際、下駄の音をたてるのはタブーといいます。
雑音の発生は何にしろ精神集中の気を散らすことになるからカラコロと音を出されたらダメなのでしょうね。
よって境内外歩きに使用する下駄は音をたてないように歩くというのが鉄則のようです。
ちなみに当流の修練や研修で配された本山系の施設での外掃除は普通に靴履きですし、堂内の雑巾がけは何も履かない素足です。
そして私のちょっとした下駄好きは祖父が好んで使用していたからです。
小学校の頃、仕事用の白い鼻緒のものでない普段使いのお古を貰ってからですが最近は車の運転をするようになってからその使用頻度は少なくなりました。
大いに活用はしたいのですがさすがに下駄で運転する気にはなれませんね。
この坊さんの下駄の戒めについてはただ音を立てないことのみのことですが、この下駄というものには世間的にその板と歯の厚みによって身長、図体を高く大きく見せることから転じて「下駄を履く」=「インチキ」というのが専らです。
先般見た新聞記事に「下駄を脱がせろ」なるカードを掲げた女性の画像が飛び込んできましたがこちらは例の不正入試の件です。
その下駄のフレーズを見て先日息子が我々に聞かせたCCRの「フォーチュネイト・サン」を思い出しました。
下駄好きにとっては不名誉な下駄のイメージは気の毒にも思います。
そのブログ(2月14日)を見ると「不要不急」なる文字が目につきました。
その頃からわかっていることがここまでだらだらしていたのはやはりオリンピックのせい。
このお国は隠したり下駄を履かせたり色々余計な事を考える方向性があるのでしょうね。
特別な(Fortunate)人たちの中には特に。
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