昨晩のクルーズ船の「教訓」(ダイヤモンド・プリンセスの実態)なる民放の番組を見て厚労省の不手際の数々について改めて知らされました。
感想をハッキリと言わせてもらえばやはり「間抜け」の一言。
「明らかな間違い」との表現でその組織の疑問を乗員が指摘していました。
ある映画の中のセリフに「安心・安全を口にする奴は信じるな」というのがありました。
人のある疑念の心を一掃するためのストレートな語句でいわゆる詐術の類ですね。まぁ映画では殺し屋の事でしたが。
昨日も今の政の各段取りについて「迅速に」の正反対の様を記しましたがその他「早急に」「真摯に」「誠実に」「適切に」「しっかり」「大丈夫」などの語の隠れた意味は「全部ウソ・・・」の感、頭に焼き付いてしまいましたよ。
今度教わった、~風邪と同じで「正しく恐れろ」~のその「正しく」って一体何だよ・・・と聞きたいくらいです。
これまでの新型コロナへの対策の尋常ではないもたもた感はハッキリ言って驚き以外の何物もありません。
特に当初「検査はしない」一辺倒の厚労省の国会答弁の不思議がありましたが、日本全国陽性者またぞろの様とその殆どの方が数度にわたる通院の末に重篤化した挙句のPCR検査によって死の際まで追い込まれているという現状。
このウィルスの発現は初回検査で陰性が出てなお2度目でも陰性が出たとしても3度目に陽性が出てしまったり、治療後の検査で陰性となったとしても再び陽性になるなど、観察と検査の頻度とその重要性は言うまでもないこと。
にもかかわらず早い手を打てなかった、要は不作為の咎は重大でまた愚かです。危機感ナシのピンボケ政府はいりませんね。
これでは映画の「安心・安全」ではありませんが国の無策にも殺されかねません。
私は昨朝報じられた山梨県の20代の若者の重い容態を聞いて愕然としました。
意識不明で自宅で発見され病院に担ぎ込まれ、その髄液から新型コロナウィルスが出たとのこと。
その方は軽度の症状の時に2度病院に行って不調を訴えていたと聞きます。軽いうちに検査で判定し経過観察することができればその髄膜炎という重い昏睡状態にはならなかったはずです。
患者本人から事情が聴けないことからウィルス罹患の経緯が不明というのも恐ろしいことです。他にも検査なしで帰されてよりオカしくなってから検査されて「危険」な状態に陥ってしまうなどの例が各ありました。
私はまた「10代20代は重篤になりにくい」と聞いていましたので驚きは倍増でした。横浜で日々動いている息子と同年代ということもありますね。
私はこの報を聞いて結論を出しました。
本山同様に「春の法要」は中止。
そして5月のお寺のバス遠足も中止にしました。
勿論、この決断は私一人の独断ではありません。総代様には既に法要の件は打診していましたが、さすがにバス遠足は5月ということもあって「まだイケるかも」とうっすらながらの期待がありましたが、もはやここまで来たら観念することにしました。
いくら健常の方たちを集めて上洛に向かったとしても途中の休憩やら食事での感染リスクは残ります。
何と言っても平均年齢70代以上の皆さんを引率するわけですからね。20代でもかなわない病魔に勝てるワケもなく。
その日の為に足腰を鍛えると仰ってくれた檀家さんに申し訳なく思いますが、「中止」と言ってもちょうど一年後にスライドしただけ。それまで鍛錬怠りなく無事におすごしいただきたく思います。
まぁお国のもたもたくずぐずに愛想が尽きたというのが実情ですが、バス会社、ホテル宿泊費、各飲食店、土産物等の出費がここで発生しなくなったということです。
遅きに失した感のある政府の動きはやはりこのように人のヤル気と購買消費の意欲を減退させてしまいます。
どこもかしこも同様でしょう。
いよいよ「リーマン級」の不況の再来について言われるようになってきましたがそれは「いったい誰が責任をとるんだよ」と吐き捨てたくなります。
呑気なソーリ殿の自己満足の「特措法まで待て」は呆れかえるばかり。
付き合っていられません。
本当に国民全体を不幸のどん底に落としてしまったような。
まぁ元はと言えば「モリ・カケから始まって桜・検察官定年」などやりたい放題を許容し続けてきた私たちがイケないのですがね。
聞けばバス会社のチャーターは現状殆どゼロと。
人の動きを止めてしまったこの社会、相当の痛みを伴いますよ。
盂蘭盆から報恩講など夏以降の法要についてもやはり「中止にします」というようになりませんよう願うばかりです。
そうなればまさに歴史的災禍です。
いやもはやその域に入っているような・・・
いまだかつて法要中止などの件、聞いたことがありませんね。
週半ばくらいには地区世話人様に回文をお願いする予定です。
画像は一昨日の境内。
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