よせばいいのにこの国は大手を振って鯨を捕まえて喰うことを始めました。31年振りといいます。
IWC(国際捕鯨委員会)を「脱退」しての世界へのアピールでしたが見苦しいことこのうえなし。
他のいろいろについて、世界の「リーダーシップ」だとか「協調」などいう言葉で飾り、時にそれを振りかざし円卓に臨むというスタンスを維持してきた日本がその「IWC」に居心地の悪さを感じて「もはや聞く耳を持たない」という意思の断行である「脱退」という行為はどう考えてもそのやり方に違和感がありますね。
飽食の時代、他に喰らうものがいくらでもあるにもかかわらず、世界から総スカンを喰らうようなやり方が不満です。
どちらにせよ私はそれらを買いませんし食べませんね。
そもそも食生活に不可欠であるとも思えません。酒の肴程度の趣向のような気がします。
さて、昨日記した光明寺の近く「妹南」といえば春日神社。
由来については画像⑤の文言の通り。
全国各ある春日神社と言えば奈良の春日大社の分祀で要はかつての興福寺の荘園というところを示唆しています(場所はこちら)。
その神社の裏手の段丘上に通説信長が鯰江城攻めのために付けた俄仕立ての陣城、井本城址があります。
この辺りでは残存遺構にしろスケールにしろ一枚二枚上手の青山城がありますが、宅地化された鯰江よりはマシとはいうものの、歴史の表舞台への登場もない城ということでただの森の中といった感じ。ただしそれなりに城址を味わうことはできましょう。
最後の画像が台地上から見た春日神社の杜。
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