昨日は、史跡研究会の皆さんと旧片浜小学校正門内で待ち合わせ。新と旧の滝境城見学会、といっても3人だけですから動きはすこぶる良好でした。
それから次から次に思いつき次第の各所を回りました。
こちらでのポイントは適切な案内板の設置と堀切に堆積するゴミや残材の撤去です。
まぁ地権者の承諾がないと話が進みませんが。
片浜小学校といえば先般亡くなった史跡研究会のメンバーのN先生がよく仰っていたことを思い出します。
相良小学校と統合された片浜小学校の校舎の「再利用」についてでした。
久々にそちらに行ってわかりましたがシルバー人材センターと「カタショーワンラボ」なるグループが入っていました。
しっかり施設の利用継続はされていたということです。
お恥ずかしいことですがその後者、まったく知りませんでした。
「マキノハラボ」なる会社組織が立ち上がり市から校舎建屋を借り受けて、各イベント等の企画開催、「人」の流れを活性させて沈滞しつつある「街」に新風を吹き込もうとする活動とのこと。
N先生の心配は徒労でしたね。
朽ちるに任せる校舎にあらず、しっかり活用されていました。
その待ち合わせの際に事故が起こりました。
建物前に進入してきた軽自動車を見送った直後、「バーン」という工事現場で何かを落下させたような大音響がありました。
何事ぞと見れば、その近くに居た男の人が震えるような声で「この車が突っ込んだ」とか細い声で。
私はスグにその事態が把握できましたので車に駆け寄ってみれば年配(70代)の女性が運転席で悶絶していました。ドアをこじ開けてシートをリクライニングにし音を聞いて集まってきた皆さんに救急の依頼をしたというところです。
その方は名前等もハッキリ応えられていましたが、不思議だったのはエアバッグが作動していなかったこと。
ドアが開かなくなるほどの衝突にもかかわらずですからね。
よって胸を強く打ったか頸椎捻挫と衝突の精神的ショックが重なったというところでしょう。見たところ出血はありませんでした。
また昨日拙寺の軽自動車のリコールの案内が届きました。
私は人間というものの信用・自信などはそもそもありませんが(人間はミスを犯すもの)機械もまた信頼できないというのであれば、うかうか自動車の近くなど近寄れませんね。
自分自身がまたその機械を操る当事者という大矛盾がありますので「大きい声」に出して言えるはずもなく。
ただ「私は大丈夫」の奢りだけは捨てるようにしていますが。
胆を潰して顔面蒼白だったのは最初に私に声を掛けてきた方でした。
靴の紐をしゃがみこんで結んでいたところ、目前に衝突してきたものですから命拾いの幸運はありますがかなりのショックが想像できます。
アクセルとブレーキの踏み間違いの件、まさに日常茶飯事です。
いつも記していますが高齢者に限ることではありませんね。
画像は片浜小学校裏の馬頭観音像。
古いものではありませんのでリメイクされたものか。
ただし小さいながら参道と堂が設えてあることから昔から地元では馴染んだ像だったのでしょう。
片浜小学校裏は街道筋(田沼街道)にあたります。
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