昨日は若いアスリートの病気についてのニュースが全国を駆け巡りました。
たまたま有名人ということでショッキングに取られた方も多いこととは思いますがこの仕事をしていて何ら珍しいという病ではありません。
あらためて私たちが皆仏の掌の上でコロコロと七転八倒右往左往している姿を思いました。
その病にはタイプがあって詳細はわかりませんがとにかく大変な病。今の状況は本人が一番その苦しみを感じているはずです。よき理解者たる周囲は決してオリンピックの名を出して「頑張って」の声かけがタブーであることを知らなくてはなりません。
当人はそんなことは当たり前のこと。くだらないプレッシャーは不要です。
当人は十二分に頑張ることはわかり切っているのですが、思うようにならない・・・そんな病気です。
「のんびり、ゆっくりでいい」・・・でしょう。
何よりあの病は「若さと元気」に比例して成長するものですから。
若いころ、致命的衝撃的な事件に巻き込まれ、またその事件を克服して大成した仏教家といえば法然さんですね。
以前知恩院のてっぺんにある御廟を記し画像もアップしていました。特に「一枚起請文」の内容は我ら真宗門徒にも当然に染み入ってきます。
とにかく若き人の病は応援したくなりますね。
遠い場所からそっとその克服の報を待つとしましょう。
さて知恩院は今ですら大規模寺院の威容を誇っていますが当初はこちらてっぺんしょ周辺、勢至堂と御廟辺りが始まりと聞きます。
勿論グングンとその宗派の勢い含めて伽藍に寺域を伸ばすことができたのは家康の意向ですね。
浄土宗は「月影杏葉」(つきかげぎょよう)なる宗紋(御廟の⑨画像にあり)ですがそれに+して葵御紋がやたらと目立ちます。
特に知恩院は葵紋とは切っても切り離せないのですね。
ちなみにその紋は法然さんの出自、漆間家の紋とのこと。
当流真宗本廟(東本願寺)はその家康との関係性についてあまり目立たせないところも特異です。
知恩院同様、家康のおかげで寺領回復したことは間違いないのですが。
勢至堂は法然さんの幼名を 勢至丸と呼ばれていましたがその勢至菩薩を本尊とするお堂です。
阿弥陀三尊の脇の仏ですね。このお堂が「知恩教院」のはじめ(知恩院最古の建物)ということです。
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