現在エゴマ油はどちらのお店でも棚はスカスカとのこと、欠品だらけで入荷待ちのようです。
先日ブログで記しましたようNHK番組でその油の効能が紹介されたことが理由のようです。
そもそもその油の材料となる植物の栽培農家はそう多くはないでしょうし、収穫時期も限定されます。
そのことが大手の油脂メーカーの参入障壁になっているのでしょう。ココへきてグッと希少価値が出てきました。
あくまでも国産品、国内精製品にこだわるのでしたら(そのようにこだわるべき・・・輸入粗悪品は熱抽出を行うため効能がなくなるといいます このあたりの能書きは当家奥方が詳しい・・・)時間をおくか、アザラシオイル(ハープシールオイル)のサプリでも取り寄せて急場をしのぐことをお勧めします。
日本人は東西かまわず「いいもの」と聞くとアレコレ飛びつきますが、すぐに忘れて冷めやすい質(勿論私も)。
少し経てば以前のように食品売り場の棚に溢れかえっているでしょうね。
当家では奥方と私で1年分以上のエゴマ油は確保済み。
一向専念阿弥陀仏とはいいながらエゴマの信奉者でもあります。
さて、こちらも先般ブログにて記しましたが駿府城発掘現場から出た野面積みの石垣と金箔瓦。
駿府城の再建計画というものについてもいったいどのようになるかなど部外者の私などまったく知る由もありませんが、先般集まった史跡研究会での皆さんの話題はその駿府城の発掘現場の様子についても。
よくよく考えてみました。
先日の私のブログでは「家康が瓦に金箔を施すほど野暮な事はしない」などを記して、秀吉の息がかかった中村一氏が駿府に入った際の天守であると100%断定的な事を記しましたが、そのような拙速は戒めなくてはなりません。
まずその「金キラものは秀吉」という発想は「まぁそうであろう・・・」的で内心疑う余地がありませんでした。
また「出てきた」事は事実ではありますが、かといって誰がその天守を建てたなどまったくその確証はありませんからね。
たとえば、家康が関東に転ずる前に建てた駿府城が今度発掘された石垣の天守であって、大御所時代にそれを壊し新天守を増築する際に「かつて秀吉に贈られた」ものか、何か記念品、サンプル的に在庫していたものを一緒に投げ捨てた・・・など大いに考えられるところ。金瓦=秀吉のイメージであれば「汚らわしさ」の象徴でしょう。
小和田先生が「幻の秀吉の城」と形容していますよう、断定はしていませんね。あくまでもそれは静岡市の「描きたかった画」なのかも知れません。
金の瓦の出土に関してはもっと早い時期にあって現場では緘口令が敷かれていたと聞き及びます。筋書についてしっかり統一する時間が必要だったのでしょう。
ただし今後の新天守閣再現の計画にまた一つ課題が出てきたことは確かです。
まさか今回発掘した石垣をぶっ壊して埋めてしまうということはあり得ないでしょう。
重複箇所がありますからね。
そもそも新天守閣の図面は残っていなかったはずですし。
観光集客目当てのハコモノを拙速に建造するのでは後世にわだかまりを残すことになります。
期待もありますが今後その下から「今川時代の館跡が出ました」などあればもっと面白いことになりますからね。
とにかくあれだけのスケールの発掘現場の様子を目前にできるのは駿府城ぐらいないのではないでしょうか。
見物に行く価値は大アリです。
説明書きには「新発見」に浮足立っている感が伝わってきます。
現場に設けられた駿府城に関わる年表等はわかりやすくできていますのでこちらにも。
野面積みの石垣はあの駿府城家康の銅像の真後ろになりますね。
最後の画像2枚が近くの臨済寺(徒歩で20分程度)。
中村一氏の五輪塔は今川氏輝らの並びにあります。
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