台風26号発生のニュースがあって今後のコースが気がかりとはなりますが現状ここ数日はかなり気持ちの良いいいお天気が続いています。
昨日はいつものように片付けいろいろへの対応ですが、直近は外物置の整理。
特に物置に置きっぱなしになっている桐タンスとその中身の整理を目的にしました。
物置には三竿6パーツが乱雑に積まれていますが適当にコレと決めて取りあえず外に2パーツを引きづり出しました。
中身についてこれも「とりあえず」程度の片づけ。2度手間3度手間の嵐とはなりましょうが、何もやらないよりはマシとマスク着用、相変わらずのゴホゴホの躰でヤバそうな中身の対応に追われました。
問題は桐タンスの今後の行方です。
処分場に持ち込むのはいたってカンタンですが、先々々代あたりからの「気持ち」が籠っていそうで利用価値もまだ無くはないだろうと・・・それは捨てるに気が引けます。
そこで思いついたのが桐タンスの修理屋さん。
ただし修理費が嵩むことはだいたい見当がついていましたのでとにかく着手依頼するにしろしないにしろプロの意見を聞きに行こうと。気分転換ということもありましたが軽トラに積み込んで島田まで向かいました。
ちなみにタンス(箪笥)を数える単位は「竿」ですが、それらを荷台に積み込む際にその件頭をよぎりました。
元は箪笥なるものは二人がかりで長い棒キレを通して担いだといいます。
昔の人は箪笥一竿に大概の財産生活用品を納め、「すわ火事だ」という時には前後二人で担いで逃げたのでしょう。
モノばかりありすぎてタンスの始末にあたふたしているのはこれまた滑稽なことですね。
店主は桐タンスの修理は「100年前から」と仰っていましたのでそれを生業とした家に生まれたということでしょうね。
以前の場所を移動してこちらに来たそう。
お話でわかったことは
①依頼を受けても忙しくて順番待ちである
②金額で検討している方は無理 コストではない
③それは「愛着と思い出」を買うにも同じことだから
④金額はそれへの完成の対価であって依頼人の歓びがヤル気に
⑤捨てるのは勿体ない
⑥金具もモノも悪いものではないのでご自身で手掛ければと
持ち込んだそれは大正時代のものとの評価でしたが、中に敷かれていた新聞紙が大正初期のものでしたからやはりそこのところ確信が持てました。
ということで特に⑤の「勿体ない」という言葉に心を動かされ、丁重に礼を申して持ち帰ることにしました。
修理完成後これまで海外に船便で送るなどの例が数件あったとのこと。新品で市販されているもので修理代金よりも安いものがあったりしますし現地で別物でも調達すれば大した金額にはなりませんからね。カネの問題ではないということ。
これですべてのタンスたちを私どもの手で修理して再び家の中に納めなくてはならなくなったということです。
帰りはあまりに天気がイイということでそちらの近くの白岩寺公園に寄り道しました。景色、特に夜景がキレイという標高160mほどの山です。
南に開けた公園からは眼下に大井川に向こう側の牧之原台地、大井川が駿河湾に注ぎ込む様子もハッキリと見えました。
東に目を向ければ富士山(③画像)、西はお日様の向かう方まで。
こちらは北方向を除いて本当によく開けた眺望を楽しめます。
ただしこちらに「夜景を見に行こう」などのお気軽言葉はとてもではないですが無理ですね。
こちらの山道はおそらく真っ暗。夜間歩こうなどと言う粋狂が果たして居るのでしょうか(場所はこちら)。
奥方と咳をしながらの久々行脚となりましたが、会話の中で吉本的コテコテぼけツッコミで「爆笑」したりすると未だ酷く咳こんでのたうち回ります。本当にまともに完治するのか・・・不安です。
コメントをお書きください