仏像盗難の件、昨日の新聞にもありましたね。
その仏像が幸運にも無事に戻る機会を得たとしても元の完全な姿で戻るとは限らないのだということを知りました。
安直な小遣い稼ぎを期待するかっぱらいの輩はネットオークションで売りさばくという発想になるのですが、先日の指名手配の如く「ブツの」面が割れている事が多く、足がつきやすいですね。
彼ら自身が仏像所有者(時に委託と・・・)としてネットオークションに画像をアップして購入者を募るのですが、その画像を撮影するにあたって「容貌」を変えるそう。
たとえば金箔を剥がして地肌を露出させ、仏の持ちもの等を外したり欠損させたりして、元の姿の雰囲気を変えるよう。
専門家がネット上をパトロールしていてそのような変更を見抜かぬワケがありませんので無意味な事ではありますが、その「改造」は時として致命的なものになるとのこと。
元通りの姿に戻らないということですね。
文科省のお役人さん連は利害関係人から接待(賄賂)を受けて便宜を図る(汚職といいます)などまともな仕事をされていないということをお見受けしていますが、この文化財の逸失の件、もうちっとばかり真面目にお考えいただけないものでしょうかねぇ。
私がお役人のお仕事の担当だとしたら・・・まずは法整備ですね。
たとえば全国的に仏像、美術品に背番号を振ります。責任ある「管理」をするということ。
勿論地方レベルからあがったものを国がお墨付きをしてまとめるのですが、その番号と登録した所有者の名を記した書面が無い限り仏像の移動、売買ができないようにしたいですね。
当然に必要書類の不備による売買について双方を罰するというものです。
現状の闇ルート売買等何でもアリの大甘では、日本国内から貴重な文化財がどんどん消えていきます。
また、今後「寺の廃寺」件数は増えるばかりでしょう。
要は他の産業と同様に淘汰縮小を余儀なくされるお仕事の部類なのですが、たとえば「坊さんが夜逃げするとしたら・・・」仏像から何でも「カネめのもの」を車に積んでおサラバするというのは一般の人の考える事と同じです。
要は夜逃げまではいかずとも文化財の逸失に坊さんが一枚絡んでいることも多いようで。
そうですね、文化財指定をされると所有権が消えて好きに処分できなくなってしまうことから祖父は各各それを拒んできました。他宗では以前ありがちだった傾向ですが、新しい坊さんが次々に出入りする寺は寺宝が消えてしまうといいますね。時代を経ればあったものがなくなっている・・・などそもそも「僧侶も人間だ」を思います。
事情はあるにしろ祖父の代は多くの品を売却(あるいはそれを許容した)したと聞いています。
ただしさすがにその「本質」の阿弥陀さんは遺されています。今はその「本尊」さえも売り払ってしまう時代なのかも知れません。
画像は先日お知らせした通りの蔵出しの品。
夥しい量の古文書の類です。
法話、勉学用に講義の内容を記したものであったり、コレと言った書物を書写したものが圧倒的。
当時の勉学と言えばまずは「書写」からなのでしょうね。
鉄舟に蕉園に触れることが多いですが、彼らの教養の深さに圧倒されます。
情報量の限定されている時代ですし複写機などありませんからね。とにかく学ぶということに積極的だった時代です。
拙寺代々はかなり頭が良さそうに感じますが、やはり私から息子の流れを「どこからこうなった・・・」を思ってしまいます。
時代を経るに従ってどんどん劣化している状況・・・これも「まかせる」しかありませんね。
ただし今のところ夜逃げには至りませんが。
50件ほどナンバーを振って撮影し袋入れしました。
外部から見た「お宝」は殆どありません。
当家だけの史料的「お宝」たちですね。
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小山昭治 (水曜日, 22 8月 2018 09:28)
今井(個人)の所有物、お寺(宗教法人)の所有物、その境目も難しいですね。
住職がいなくなれば、その時に檀家はどうするのでしょうか。
考えたくないことです。
放蕩息子が借金を作り返済のために寺の仏像等を売り払う。
何てことは無いでしょうがそんなことも考えておくのが「危機管理」。
やだやだ。 これも考えたくありません。
重々よろしくお願いします。
今井一光 (水曜日, 22 8月 2018 21:12)
ありがとうございます。
時節がらその手の「笑い話」と思われるようなことも十分にあり得ますね。
現実に仏像その他寺院用諸物がネット市場に溢れているのは廃寺からの処分品が出回っていることも考えられます。
「逃げる」ということはしばしば白紙委任状や宗教法人の売却などが伴うため、檀家さんは面倒な事になります。そのスジの人たちが入り込む余地を与えてしまいますので。
真宗門徒は一所懸命を旗印にいのちを繋いできた宗派ですのでその坊さんの気概は捨てないよう子供には言い聞かせます。