昨日は線香の火からの思いもよらぬ失火について記しましたが以前は子供の火遊び、特に親不在の際の仏壇回りからの出火についてよく耳にしたものです。
最近はその予防からマッチという点火グッズを無しにしてその扱いに大人でも難儀しそうな簡易ライターが置かれることが多くなりました。市場の要望に応えたものでしょう。
おかげで年配者がそのライターの使用ができず、本堂焼香鉢前で奮闘する場面に出くわします。
本堂焼香鉢前にはマッチを置くことがなくなりましたが、中には「マイマッチ」持参で本堂焼香に来られる強者もいるくらいです。
無い筈のマッチの棒を見て仰天させられることもしばしば。
そして年配者はマッチの取り扱いについてもぎこちなくなっているようで、しばしば着火完成がタイムオーバーにりますね。
時に防火マットの上に燃えカスが落ちている様子を見てさらなる仰天をしている次第です。
最近のニュースです。
徳島で小学校低学年の子供がアパートに火をつけたと伝えられていたかと。年端も行かぬ子供達のいたずらにしては無残な結末を招いています。
何より2名の人命が失われ(ケガ人1名)建物も失われているといいます。
刑事罰について配慮すべき年齢とはいえ民事となれば莫大な損金が発生していることは間違いないところ。「この先」の彼らの保護者への責任論が浮上してくるのでしょうが、相当な苦痛を伴うことが推測できます。
この件も、他人事とは思えませんね。
特に私の思い出としてはその年ごろに「火遊び」で親に激昂されたことはしばしばありました。当時はどの家のここかしこにマッチが転がっている時代ですし、風呂と言えば五右衛門風呂で「裸火」というものがより身近にあった時代です。
焚火など大好きなイベントお遊びでしたからね。
彼らがどうやって「着火」したのかは伝わってきません。
推察するに今の子供はマッチなどを使用する機会はありませんしライターは「子供のいたずら除け」の機能が付属していますから「いたずら」の機会は以前と比べて極少ないはずです。
親たちの方からすればその「火」への災禍のイメージは強く、絶対的にその使用に関して遠ざけているかも知れません。
ところが幼い子供はどうでしょう。
要は「火」というものに~人間の文明の発祥には欠かすことが出来なかった力とそれに伴う畏怖の存在を思うというDNAが流れている~、興味を抱くことは当然のこと。
おそらく彼らが初めて使用した(どこかで見様見真似で覚えた)「火」が起こした事案なのでしょう。
私たちはかつてちょっとしたいたずらをして親にぶん殴られて、時として小さな火傷などを負いつつその恐ろしさ、痛みというものを直に学んでいったのですが、今の子供達にそういう環境は既にありませんからね。
しかしやはり「全責任は親にあり」なのです。難しいです。
さて画像は三時知恩寺の門前の図。
尼寺の門跡寺院で宗旨は浄土宗。花の御所址の大聖寺の西に位置します(場所はこちら)。
ブログでは寺町の寺院仏閣の墓域について紹介させていただいていますが目につくのは天皇家の方たちの夥しいほどの墓たち。
現在の皇室のイメージは神道一本やりの如く思われる方がいらっしゃるかと思いますがそれは明治以降に仏教を排除してやたらとそれを強調しようとする風潮があったことから。
もっとも当時の政府の意向ですが・・・。
この件は毎度しつこく記していますね。
天皇家がかつて仏教に深く帰依していたことは歴史を通じて知ることができますが、その中で私が親しみ深いと思うのが後柏原天皇の件。
文明十二年(1480)に親王。1500年に践祚(せんそ)-正式な「即位」の前段階-した天皇で、応仁文明の乱の終焉してスグの事。
都は勿論周辺地域は長期間の戦乱で荒れ果ててすべてが疲弊している時代です。
よって天皇皇族も経済的状況は逼迫して、即位はしたもののその儀礼<即位の礼>は1521年にやっとこさ実現したといいます。
どのくらいのおカネが必要だったか私には想像できませんがその礼典に出資したのは室町幕府と本願寺(実如)といいますから、当時の本願寺の力とはいったい・・・などと考えます。
その「後柏原天皇」はその社会の混乱状態にいる人々を大いに気にかけたといいます。
私がより親しみ深いと思うのは、善導さんの「六時礼讃」を宮中でお勤めしていたということ。
ブログでも何度か善導さんのその偈について記していますが、善導さんは浄土教系の善知識としてやはり親しまれている人で当流第一の経典「正信偈」にもその七高僧の一人として記されています。
正信偈の「草四句目下」という一般的な拝読の流れでは終盤に一旦区切って再スタートする部分でお馴染みの方です。
「善導独明仏正意~」ですね。
後柏原天皇がその約4時間ごと全六回のお勤めのうち、明るいうちの三回をこちらのお寺で行おうと決めたといいます。お寺の名前がその意ですね。
現本尊は阿弥陀如来であるのは当然でしょうが、こちらの寺には実は16世紀に作られた「善導さん自作の善導像」がありかつてはそちらが本尊だった時期があったよう。
こちらのお寺は「特別公開」の時節を注意していなくては開門入場は無理ですね。
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小山昭治 (火曜日, 20 3月 2018 13:16)
今は本当にスイッチ一つで何でもできるようになりました。
マッチも使う機会が減っています。ライターも同じですね。
キャンプの時、子どもにマッチを使わせます。ライターは使いません。
最初は、マッチは怖すぎて上手く使えません。でも火をつける。次に
その火を軸に移し長く持たせる。慌てない。マッチを擦るだけでは
上手く火をおこせません。慌てます。でも軸に移し長く持たせることによって
落ち着いてきます。いつまでも持っていると指が熱くなります。
ナイフもしかり、使い方を教える事が大事です。
これから先、マッチなし、ナイフなしの生活は普通になってきます。
家によっては包丁も無しとか。
紙おむつのTVのCMで赤ちゃんのオシッコを水色で表現していますが
親によっては「うちの子のオシッコは水色ではない」という
親がいるとか。(もちろん冗談だと思いますが)
恐ろしいことです。
今井 一光 (火曜日, 20 3月 2018 18:38)
ありがとうございます。
「危険」はわかりますが、「使えない」は閉口しますね。
墓前の焼香のために線香の束に火をつけてるよう若い方にお願いする際など
炎と線香の「角度」にどうも違和感がありますね。
モノに直接点火するという経験が無いのだと思います。
風対策もありますが私はガスバーナーを持参するようになりました。
思い出しました。当家のバカ息子は保育園に行っていた横浜在住時代、私の不在の時に
障子に火をつけて奥方の父母を大慌てさせたことがありました。
大人がいなかったら完全にアウトですからね。
バカの権化です。