昨日は浜松にて法要。
中区富塚町は佐鳴湖の北側、その湖に流れ込む段子川と新川(西川)が作った谷のような場所で三方原台地の南東側になります。
目的のお宅は段子川(だんずがわ)添い桜並木の住宅街でさぞかしその季節は花を愛でる人たちで賑わいそう。
その川の「だんずがわ」なる名も地元でなければ読めませんね。
場所的には三方原から浜松城の中間地点になりますがこの辺りは元亀三年(1572)十二月二十二日の拙寺3代目の父、成瀬藤蔵正義の命日ともなった三方原合戦にて敗走中の家康についての後世の作り話、「小豆餅と銭取り」談に出て来ます。
「段子川に差し掛かったあたり」の「小豆餅」の地名となると少々富塚町よりはもう少し上流になりますが。
帰りにお土産を戴きましたが、それが「当地で一番うまい」(施主)と太鼓判の大福餅。その日は午前に買占めしたため、「白」がなくなってしまったと(緑色のヨモギもありました)。
中は勿論小豆、つぶし餡、餅もホンモノのうまさでした。
ホンモノと記すのは餅にも餡にも最近は薬物等の混ぜ物があって餅の場合は「硬くならない」からそれはスグにわかります。
ホンモノの餅はスグに硬くなりますからね。
餡も中に寒天を混ぜたり防腐剤を入れているものもありますが、当然に味が落ちます。
「日持ちがしない」から出来立てを食して「うまい」を味わうことができるのですが、時間をおいて「硬くなった」「カビが生えた」のクレームをする消費者の態様も悪いですね。変な時代になりました。
「小豆餅」美味しくいただきました。御馳走さま。
雑談で盛り上がったのはやはり今浜松で話題の井伊直虎の件。
浜松市内を走っていると「直虎館付近渋滞注意」の電光掲示板が目立ちます。
私がその日、耳にしてから「へぇー」といいながら根ほり葉ほり聞き返したのはその家の娘さんの小学生時代(かなり昔)の女性教諭の名。それが「井伊先生」だったといいます。
それが身長が高く「男勝り」というところが何ともドラマ風。
「いったい浜松には井伊姓はどのくらい?」と聞けば電話帳を持ち出していただき見せていただきましたが6件ほどありましたね。さぞかし今年は楽しい1年でしょう。
さて、昨日の大河ドラマは殆どホームドラマ化していましたが、
当家「お北さま」は「だからいつもと違って見やすいのか・・・」と。「私の解説はいらない」というのが口癖ですが、その日は
一言質問してきました。それが・・・
「側女に子供ができてから正室に子供ができたらどうなるの?」
でした。私の返答は一言「北朝鮮とおんなじ~」。
「あの国は日本の戦国時代とおんなじ~」と投げやりに追加して応えると「ヒジョーにわかりやすい」と珍しく褒められました。
最後の地元関連の紹介コーナーは清見寺が主に建穂寺(またはこちら)の紹介が。
かつて清見寺のブログでは具志頭朝盛の墓で記しました。
寺というものの存在が社会と共存することについて結構難しい例というか共存を図っている場面を目にしていますがこちらの寺に行ってもその事を感じることができますね。
敏満寺などは高速道路の建設だけではないですが他にもお寺は道路建設の邪魔とされたり、廃されたり移転させられたり色々。
あまりよくは知りませんが掛川市内の寺は区画整理にあっているとも聞きますね。
また石雲院の寺域は「結果的に潤った」とは言われているものの静岡空港建設に引っかかってしまいました。
こちら清見寺は東海道線ですね。
そちらの方は「公共性」という大義は「しょうがないな」とは思いますが少々不愉快になった部分を。
画像⑦の紹介文はかつてあった松の巨木と足利尊氏の腰掛石についての文言ですが、その大木は「戦時軍用材」になったとあります。無慈悲なことをするものですね人間というものは。というか「戦争」というものは・・・。
④の石塔は「田中清左衛門 逆修塔」。生前に自分を供養する・・要は生きているうちに自身の墓を建てということです。
「まきのはら議会だより」は知る人ぞ知る私の撮影した画像が採用されたその表紙です。この意図はなくある檀家さんと昨年こちらに撮影に行った際にデータを渡したら「こうなった」だけですね。
一応は市の担当より打診があって「OK」しています。
寺の名はわかったとしても私の名を見て「ピンとくる」方はそうはいないでしょうね。
まず大抵は「今村さん」の誤植と思うところでしょう。
まきのはら議会だより45号の内容にご興味のある方はどうぞ。
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小山昭治 (月曜日, 27 2月 2017 09:11)
写真を使用するに際し加工をするのは好みませんね。
空間も景色ですから。
まあ 巨匠が撮った写真じゃないから「おまかせ」ですね。
一応あまり好ましくないとは言っておきましたが。
チャーフィンが波に乗っているのが分かる人がどのくらいいるでしょうか。
今井一光 (月曜日, 27 2月 2017 12:12)
ありがとうございます。
表紙画像を見た息子が「どうせ他人様が撮ったものをパクったのだろ」
と言ったくらいですから、まずまずの「絵」になっていたかも知れません。
「波乗り」の演出については何気なく見ていたものでやはり気が付きようも
ありませんでした。