4月1日に開催の春の法要と寺楽市の世話人会では予算案の披露というものはつきものですが、今年は境内本堂の維持に補充補完したい色々(防犯防災保険等々)を揃えたい旨を説明し「ギリギリの予算内」の感じを嫌らしい雰囲気にならないよう配慮して説明させていただきました。
それは配布した予算案資料のランダムな運用の強調なのですが要はかなり「イイ加減な数値」であることの了承をいただきました。
また御寄進いただいたプロジェクターのお披露目を兼ねて適当な画像をスクリーンに映し出しました。
特に一同より少々の笑い・・・というか失笑かも・・・をとったところは、「春の法要」と「報恩講」の年二回開催している「My 遺影」のコーナーのプッシュ宣伝のために私自身の遺影のサンプル画像を映し出したところです。
それが遺影とは覚束ないような笑顔・・・というか爆笑しているとも思える画像・・・だった訳です。
その画像をまざまざと目にして、そういえばどちらかの教祖様は自身の画像を軸に仕立ててなんと100万円で販売しているということを思い浮かびましたね。
1枚売れただけで(「売れる」という語が正しいかどうか知りませんが)そうなると・・・拙寺でいえば当面の予算は確保できます。一瞬間「すっげー、アイディア・・・」とは感心しましたが、次の瞬間、私にはそのような荒唐無稽の論拠は不在、「ありえない」とニヤつきながら自分の画像を眺めていました。
「誰がそんなもん買うかよ」です。そしてその爆笑に輪がかかっておそらく「気でもフレたか・・・」と誰も寺に来なくなるでしょうね。
ちなみに私が「My 遺影」のお遊び参加を強く推奨する論拠をその画面に表したのがコレでした。
徒然草の49段
「老来りて 始めて道を行ぜんと 待つことなかれ」
からです。
その段は心にビシっと響く語が並びますが他にも「速かにすべき事」の件は、毎度頭が痛い御指摘でもあります。
本文ではまぁ「仏道」という意にはなりますが、「速かにすべき事を緩くし 緩くすべき事を急ぎて・・・」の件もまた、とかく余計な事ばかりに脱線し「本分」を忘れている私でありますので痛烈に心に刺さってきます。
さて、一昨晩早朝の超強烈な風の吹きまくりは何だったのでしょう。
久々不快度100%に上昇です。
あまりの酷さにイラつきつつ心配にもなって深夜本堂内にてしばし滞留しました。
隙間から吹き抜ける風とギシギシと不気味にきしむ木の接合部分から発する音を聞きながらその時間にやらなくてもイイ仕事(ローソク立て掃除)をしていました。
外に置いてあるものはバンバン吹き飛ばされてまったくのお手あげ状態でした。
暫くの観察のうえ、床に就きました。
朝から快晴の天気にほっとしていたところに玄関ブザーが鳴って出てみれば、お隣のお醤油屋さんの御主人から
「瓦が落ちて散乱しているので片づけて欲しい」
とのことでした。
隣の駐車場に行ってみると唖然呆然。拙寺会館の屋根から瓦が落ちていました。
劣化した軒が風で煽られて瓦ごと吹き飛んだということでしょう。あったであろう雨どいなど吹き飛ばされてどこにも見当たりませんでした。
不幸中の幸いは
①人に当たらなかったこと
②駐車場の車を壊さなかったこと
でした。
しかし、これからどうしよう・・・という強烈なテーマをいただいてしまいました。
会館は保険から外してもはや「使用しない」という方向にはしていましたが、「今スグ解体」との対応は予算的にキツすぎるというところがあります。
ということで出たのが「夜逃げでもするか・・・」でした。
壊れたところダメになったところを応急でこれまでやってきましたが、対応不可の「底なし」を思うとヤル気というものも失せますね。
「オレ様」が教祖になって金ピカの肖像画の御軸を作って売るしかないですかね。
昔から意味不明、テキトーな事を言い放って「教祖さま」と言われるのは慣れていますから。結構得意分野かも。
とは言いながらも私はまた
「たゞ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり」の心で、上記①②に「幸福」をひしと感じているところの身です。
そして「出家」などというのは今、流行語?
私はこれまで微塵もそんなことを感じた事がありませんが・・・。
若者が好む語なのでしょうか「なにそれ・・・」と思うところ大ですね。まったく意味がわかりません・・・
「家出」と同意語ですかねぇ、それでしたら若いうちはどんどん家を出ればイイ。
ちなみに言葉遊びですが、「到着」とは今馴染んで使っていますが歴史的にはみんな「着到」の使用ですね。
今でも劇場等使用している場面もありますが。逆さまにしても同じことです。
この付近では高天神城の「着到櫓」にその名がみえます。
とりあえずは③画像のバカバカしく偶然にも樋に引っかかっている瓦を落としに上がってみます。
寺の運営とはまさに「体を張ること」ですね。
⑤は拙寺物置のシャッター、こちらは何とか修復はできました。
境内の梅を愛でて心を和ましましたが、春の着到とはいえ、あの風は腹立たしすぎました。
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小山昭治 (水曜日, 22 2月 2017 08:58)
大変ですね。壊すにはお金が掛かる。牧之原市も同じですね。須々木公民館も榛原の文化センターも使わなくなっても壊すことはしません。予算がありません。
会館ですが、見た目は悪いのですが漁網をかぶせるという手もあります。
隣が空き地で良かったです。
私は、今は自分の死は考えません。年齢も考えないようにしています。
気がついたら死んでいた。前だけ向いて進んでいたらいつのまにか死んでいた。
いいなー。
棺桶のふたの裏には天文図を貼ってもらい星空を見ながら旅立ちたいですね。
飛鳥時代の古墳のようにね。
今井一光 (水曜日, 22 2月 2017 10:30)
ありがとうございます。
漁網もコストかかりますので今の私の思う「やっつけ」について。
一応は瓦は釘止めされているようですので、いっぺんに崩落する心配は
ないということがわかりました。
そこで次のきっかけを防ぐため、一応発泡剤を崩落個所の一番下の瓦の下に注入して
様子を見ようと思っています。
また、自己の死を日々想って生活することは悪くないですよ。
この一息、一呼吸ができることであっても大いなる「幸福」を感じることができます。
生まれた以上死からは離れることはできないですし、どんな死であろうと
その場面はありのままであって、選択することはできないでしょうから。
「My 遺影」は何よりも私の笑顔の遺影の採用などは家族が却下しましょう。
あくまでも御印、お遊び、自分のブロマイドの如し、成長の過程年次収集とでも
お考えいただければ。