滞留の伝え  親鸞聖人の「ツレ」が湖東西明寺に

ここ数年来お寺に出入りされて、特に寺楽市には欠くことのできなくなった某の方がいます。

その人のトークは遠慮がちで発せられはしますがストレートに本質を衝いたものも多く、いつも面白可笑しく聞かせていただいています。

 

こちらのスタンスとしては、いわゆる「話半分」もあれば耳を疑うような「ホントの話?」も混ざっていますので注意深く耳を傾けている必要があります。

冗談なのか真実かを見極めなくてはなりませんね。

 

先日も3曲ほど披露されていましたが、一番の趣味はカラオケの様。

生憎私はどうもこのカラオケというものが苦手で~そもそも各その歌のタイトルも知りません~その「聞き方」(集中力を散逸した)も失礼の躰を毎度晒していますが、とにかくその人は演歌歌手並みの声であることはわかります。

 

聞けば一時期カラオケスクールに通っていたそうでその師匠が紅白2度出場経歴があって「かの殺人事件」を起こした歌手だったようです。

私にも聞き覚えのある名でやはりその件について一同から「愛人をトランクに詰めた人?」との声がかかっていました。

 

すると、話は転じて「この間コンビニ強盗があったろ?」とその事件を報じた携帯画像を見せてくれました。

その時言い放った言葉が「これ俺のツレ・・・」です。

 

この地方ではその「ツレ」とは「友人」のことを指しますがその方のお友達がコンビニ強盗だったということでいよいよ話は盛り上がって注意深く耳をそばだててしまいました。

 

その「ツレ」は一般的には「連れ添う」「つきあう」ことからその者との関係を考えるのではないかと思いますが特にこの地域では「ツレ」といえば即「友人」なのです。

それも殆ど男性しか使用しない語ですね。

 

コンビニ強盗はいかにも安直な発想です。

ほんの数万円のために人生を賭する無謀ですね。

1度目の強盗で数万円をゲットしてパチンコ屋に直行しその武勇伝を周囲に語ったあと(周囲は半信半疑)、味をしめて2度目を強行し御用になったといいます。

その短慮とは「いったいどういうツレなんだよ」と思ったところでしたが、まずはその「ツレ殿」お友達の更生を願うばかりでした。

 

さて、表記。

親鸞さんのツレとはいったいどなたかは存じ上げませんが湖東三山の西明寺(またはこちら)にいたそうです。

 

「後鳥羽上皇熊野参詣につき宮中留守の件」(住蓮と安楽 またはこちら こちらも)を発端とした法然さんと当流ご開祖の法難(「念仏停止」承元元年<建永二>)にまで発展した事件で、両名は流人として配流されることになりますが、僧籍をもはく奪された親鸞さん、「藤井善信」が配流先の越後に向かう途中に立ち寄ったといわれるのがこちら湖東の西明寺。

 

親鸞さんが比叡山にいた頃の同僚がこの寺にいて、昔を懐かしんで少々滞留したといわれています。

そのお友達が越後に出立するご開祖の後ろ姿を見て「行く先の安全を願って像を作った」のだという伝承が残っています。

 

袂を分かれた(法然さんのもとに走った親鸞さんと天台教学をそのまま継続したそのツレの方)とはいえ罪人配流という汚名を着てどん底に陥った親鸞さんを招き入れた美談が伝わっていました。

結果としてはあの大きな苦難が浄土真宗という教団を作ったのですから「禍」も右往左往せず開き直って味わえば意外な方向に向くものです。

 

檜皮葺き入母屋造の本堂は国宝指定。同じく檜皮葺き三重塔と2点の蒼々たる鎌倉期創建の国宝が鎮座しています。

先般記した金剛輪寺三重塔の修復はこちら西明寺三重塔を参考にしたとのことでした。

 

この三重塔はその類の中では最も評価の高いランクにあるもので、五木寛之氏は「1、2番を誇る・・・」のようなことを語っていたと思います。

苔むす庭の五輪塔は演出でしょうが、最後の石塔の積重ねの図はいただけません。(造園屋さん?)テキトーさが表に出ています。

 

以下聖人のお顔。

感じはいつもと違いますが黒いお姿と襟巻はお馴染みのところ。

最後の画像が三重塔大日如来像。いずれも資料コピー。