やっぱ「湊」でしょ   2015男子名5位 湊クン

UAEに負けちゃいましたね、サッカー。

あの超ドホーム6万人の歓声の中でのボロ負けは情けないことです。ハッキリ言って相当痛いですよ。

罵声があがったり石をぶつけられても不思議はないような試合ですが、選手の皆さん本当に日本に生まれてよかったです。

まぁそれが彼らを今一つ育てられない理由なのですが。

 

この初戦を落とすということはW杯出場は黄信号どころか赤信号を点滅させた厳しさがあります。

試合内容はいつもと同じ、決定力不足、ガチガチで苦笑いの連発。

酒井が相手を払って倒し、つまらないイエローをもらっていましたがその時点から審判の判定が相手方寄りになった感がありました。見ていて「気いワルイ」ですしね、ああいうプレーは。

また早い時間に先取点を取っていなかったとしたら90分間で1-0で日本が勝ったかも。

 

解説者の「審判(カタールの人)のせい」色々をうかがわせるような発言がありましたが、「それを言っちゃあ  お終いよ」です。

監督も「審判」にお怒りになっていたようですが・・・

色々あるのですよ。結果がすべてです。これまでも日本寄りの判定も数々見ていますし・・・「これがサッカー」でした。

 

下馬評では4-0で日本(奥の墓道氏)を始め各各「楽勝」を吹いていましたからショックは多大でしょう。

ということで今回も鰻をかけたサッカー博打は私の勝ち。

毎度ネガティブ思考の私は1-2で負け予想でしたので、大当たりでした。

 

まぁサッカーにもお馴染み「チャレンジ」があれば日本のゴールインを思わせる場面もありました。しかし「負けは負け」ですね。

次は「立て直す 頑張る」とは皆さん仰っていますが続く超アウェーに引き分けか負けとなれば日本サッカー界の絶望の日になるやも知れません。データでは初戦敗北で本選出場確率は0%とのこと。

今回出場を逃すと、いよいよアジアのレベルも上がって日本のW杯出場が稀なことになるような時代になりましょう。

 

さて、標記「湊」クン。

「そうクン」なのか「みなとクン」なのかよく知りませんが昨年度誕生した男の子の銘々ランク第5位だそうです。

 

「みなと」といえば「港」という字を書くのが現代の主ですが、歴史的な字というか、古い時代に使用された「みなと」とは「津」や「湊」の方ですね。沖縄だと「泊」を思います。

そんな中、流行りとして「湊」が重宝されているというのはちょっとした驚きがありました。

 

昨日は芦浦観音寺について記しましたが信長が狙いを定めた「堺湊・大津・草津」は「湊」であって万が一「港」などという字は出てきません。よって「港」とは①漢字の中でも比較的新しい②各「みなと」を一つに表現した・・・ということでしょうか。

 よって現代の用語としては「港」の使用もありうるところですが、こと地名と歴史上の名称は「湊」が正解ですね。

 

「湊―みなと」の語源は「水門」。

「水の門」(みのと→みなと)で「集積する場所」の意ですね。

それは水の流れであり、舟であり、人であり、物品です。

それらが集まる場所は古来より経済要衝の地として領国経営の基盤となった地でした。

信長がつまらぬ形式的敬称名誉よりも「実」を取ったというところは利口なところでした。

 

一昨日、相良の海岸を散策した時に、観光協会なのかどこが出処はわかりませんが「えっ?」と思う「相良港周辺案内図」なる看板を見ました。

旧相良川、今の萩間川の絶妙な蛇行を記した地図で地形を見る分には非常にわかりやすい図です。

 

ただし驚いたのは「相良湊橋」の「湊」が「港」なのですね。湊橋に掛かっている田沼意次に関するプレート②にも橋の欄干に記した名も「湊」なのですがねぇ。

その看板のかかるすぐ南側の公園にある石標①も果たしてここにあることに甚だ誤解を生むとは思いつつも、字は「湊」です。

 

本来の「相良湊」は相良川(萩間川)湊橋の下流あたりのことですので、あれでは相良漁港がそうだということになってしまいます。

やはり正解は「相良湊」です。

つべこべとつまらんことを・・・と言われそうですがそこを間違えてしまうのは相良人として寂しいですね。少なくとも相良のどこか発注先は「湊」を意図しているでしょうに。まぁ校正を怠ったか発注先自体が「どうでもいいこと」と思っているということでしょう。

 

ついでに「津」について。やはり「津」は「湊」と同意ですね。私の住む「波津」の地の「津」は「相良川の湊」に対して「海の(波の)湊」という意でしょう。

それが樋尻川です。相良城堀に向かう水路がこちらから繋がっていたと言われています③④⑤⑥。今やどぶ川の如くで見る影もありませんが波津の「津」の発祥となる地でしょうか。

 

「樋尻川水門」と記されていますがまさにその「水門」が「みなと」なのでした。意味は違うのでしょうが・・・

 

話を元に戻して先ほどの案内板について。

⓼はそれを拡大したものですが波津に記された二つのお寺、よく見ればそんなお寺はありません。よりによって二つも・・・。

こういうお仕事のシステムはよくわかりませんが( 原稿 発注 校正 正式印刷 )この手の仕事の傾向の「お手柄」です。

まぁ誰も見ていないからいいのか・・・形式的を思います。

ちなみに交番も商工会も今はありませんし、牧之原市史料館を「相良城跡記念館」とは初耳でした。

 

そして2日間かけて拙寺静波墓苑の植栽剪定を終わりました。

所感を。

①久々の刈り込みバサミは腕が辛くて へろへろ

②ハサミ捌きで息切れして心臓 ばくばく

③蜂の巣が3か所もあって こわごわ 

④「カイズカ」は重たくて嵩があるので軽トラ2回 くさくさ

⑤処理費1000円+1000円

⑥近隣の人が出てきて道路の「排水溝清掃も頼む」と 唖然呆然

⑦去年息子は文句ばかり今年は自分から動く まあまあサクサク

 

⑥は土地管理所有者がやることになっているそうですが、「ちょっと待って・・・」と退散。

この区には「排水溝清掃の日」があって皆で動くとのこと。

その日ならダンプカーが回収用に出るのでその日にしかできませんね。

スケジュールについて調整不可ですし、イキナリ口頭でいわれても無理です。