「新日吉」の上  東山 阿弥陀ケ峰   豊国廟

便利で欠かすことができなくなったエアコン。

昼間に家に居る時はスイッチオンが当たり前になってしまいました。特に法事を控えている場合は絶対です。普段着はシャツ1ですが法衣でスタンバイとなると最低3枚は着込んで締め付けていますから出仕前の「涼」は欠かせません。

 

それだけ御厄介になっている居間のエアコンの掃除をしました。ところが結構これが難儀。

何故にあれだけ掃除がしにくいかといえば、取り外し困難のパーツが組まれているために、内部の汚れに手が届かないからですね。二人掛かりで汗だくになり、市販の洗浄剤を2本も使ってしまいました。

 

次の更新は掃除がもっとラクなタイプの機種選定を検討する必要がありますね。画像①はエアコン停止中の室温です。15時27分に最高値36℃を叩き出しました。夜間はエアコンを使用していますが29℃です。それでも大分涼しく感じます。

 

さて、阿弥陀ケ峰の秀吉の五輪塔へは新日吉宮を訪れたら是非に行ってみたいポイントですね(場所はここ)。まぁ方広寺とのセットの場でもあります。秀吉の輪廻転生ラインの東端になります。

 

この五輪塔は巨大でインパクトがありますがこの石塔は明治初期の建築家によるもので古さはありません。しかし五輪塔設置の際に壺に納まった遺骨が出てきたといわれていますので、それが秀吉の遺骨であるというのが通説のようです。

興味のあるところですが、当初神格化の時点では遺体は「そのまま」のはずなのですが、骨壺に納まっていたということは荼毘に付されたということなのでしょうね。

遺骨が火葬後のものかどうか詳細をあたらなくてはなりません。

 

昨日も記しましたように「神」(豊国大明神)として反徳川の旗印と祀り上げられることを幕府はおそれていたのか、ただ単に秀吉の遺言を反故にしようという嫌がらせなのかわかりませんが、幕府は神式→仏式に変更させています。

その意図が豊国神社の廃止だったわけです。

それに倣ったのか、家康の方では死後にちゃっかりと「東照大権現」を名乗ったところ(神君様)は面白いところです。

 

東本願寺を発して七条通りを寄り道をしながら歩きまわってから、阿弥陀ケ峰の秀吉の墓に向かうには、相当の気合が必要です。あの鬱蒼と木木の茂った参道の階段の長さを見て目まいがするようではいけませんね。

この参道は墓地のある山頂よりさらに東側の山科からのハイキングコースが繋がっているようで、その日も山科から上がってきたグループと遭遇しましたが年配の方たちでこの階段の下りに相当難儀していました。上りより下りが危険ですね。また地図の等高線を見ればかなりの急斜面がわかります。

このルートを使って山科駅―京都駅を制したらさぞかし「クール」ですね。

 

最後の画像は廟入口のバス折り返し場から見た京都駅方面。

京都女子大行のバスです。東本願寺にまだクレーンが建っています。

尚、人気の東山エリアですが、まずこの自然環境を独占できると言っても過言ではないでしょう。

秀吉の墳墓は日々西に沈む御日様を見ています。秀吉はむしろ、東山からの日の出と自身の復活をイメージしたのでした。