2009年8月11日の駿河湾地震は私ども牧之原は「震度6.5弱」でした。今も頭の中に焼き印で焼き付けられた如く思い起こします。
その数字と当時のインパクト、その後の余震に生涯でこれほどの恐怖を味わったことはないと思うほど強烈な心の動揺と徒労を強いられました。「もう懲り懲りだ」と叫びたくなるよう。
ところがどうでしょう、熊本という地での発生もさることながら震度7とは強烈です。最初、この数字を聞いて、それも「余震」らしき地震の数も規模も「駿河沖」どころではないと感じました。
地球規模の「時間割」があるとしたら「駿河沖」も「3.11」もひょっとして自然のいたずら的ローテーションで、ただの「余震だった」という事も考えるとまさに「私たちは恐怖の上に生きている」ようにも感じます。
人は大自然に抗しながら生きて来たという歴史がありますが、あらためてその「か弱く抗しきれない人間」というものの存在を感じました。活断層だらけの日本です。この寂しく意気消沈したくなる状況は日本全体が共有すべきものですね。
さて、毎年寂しい案件とネガティブな数字が噴出してくる現代のお寺事情。「○○年までに現在のお寺の○○%が消滅」などという記事は何度も目にして驚かされています。
日本人の仏教離れと葬送の形態の変化が主たるものでしょうが、前者はお寺そのものの在り方を問われるもの、そして後者はその背景に人口減少と地方から首都圏への集中、そして「家族」というものの変化があるのでしょう。
先般の首都圏での葬儀で驚いたことは昨年あたりまで行っていた東京方面での葬儀以上にタイムキーピングが難しくなっていたということです。
既報の通り、葬儀、繰り上げ初七日、御文という工程を「45分切る」という最大目標をもって終わらせるという命題のなか、目の前に置かれた置時計に目をやりながら冷や冷やで法要を勤修しました。反面、最近の流行りものつきものとなった「お花入れ」に時間を十二分にかけていました。
まぁ葬祭場の本領発揮というところなのでしょうが、法話の時間も無しで、当流の聞法第一義の精神が完全に失せています。
極論ですが読経等の式を省いて「法話のみ」の通夜のお寺さんの話を耳にしますが、ある意味坊主の選択肢として「アリ」なのかも知れないと思うようになりました。
ただし、それをやる度胸は私にはありませんが。
私はその分、お通夜の御文のあとに少々お時間をとらせていただきましたが、そちらの場でも通夜参列者に食事の振る舞いがあって、施主はそちらでの挨拶に向かうべくそわそわになっています。
もうすでに坊さんは法事に「必要不可欠さ」は辛うじて残存するものの、それを差配するという導師たる面影は消滅しています。ここ10年の間に変貌してきたその「業界」ですが首都圏でのお寺さんはいかに対応しているのかまったく不思議でなりません。
「必要不可欠」ではあるものの葬祭場に従順な坊主の方が都合がイイことはわかります。
よって現在の「寺との希薄」な家族が蔓延している中、「とりあえず坊さんを」ということで、アマゾンなどが行うようになった「宅配の坊さん」がもてはやされるようになったのでしょう。
「あとくされなし」の「一見さん大歓迎」のシステムでとても気楽に依頼できますから。
ただし名古屋あたりでは葬儀に法衣を着せたバイト君を派遣していたことがバレて問題になっていましたね。
勿論、宗派からの資格などが無い人たちだったようです。
「お経なんてどうせわかりゃしねぇからオメー行ってこいやぁ」くらいの気持ちだったのでしょうか。
私は読経に際して大鏧と小鏧を使用していますが、葬儀といえば比較的軽い小鏧を寺から持参することにしています。
斎場に設置されている鏧(キン)はどうも当流のカタチと音というか日ごろ慣れた音が出ないための苦肉の策です。
その点も葬祭場に呼ばれる地元の当流派の御住職たちはどうお考えなのかお聞きしたいところですね。
また、相も変わらず葬儀終了後に「塩」を配布していましたが、あの意味不明の習慣を続けているとは本当に驚かされました。
この天下のド田舎、相良周辺ではそのような風習はとうの昔に廃止していますから。
一般的サラリーマン家庭では「家族葬」が大流行り。
地域のお付き合いがあったとしても、「秘密」で葬儀を挙行してあとにかってから回覧で訃報をお知らせするというやり方です。
これですと香典を届けたりお返しをしたりの余計な付き合いが発生しないため気楽にできるということらしいですね。
それだけ周辺住民との関わり合いを拒絶、社会の他者との関係ははいよいよ希薄化していくということでしょう。
家族葬がもてはやされるということは実は逆にお寺にも生き残る方向性がつかめます。
これは寺の本堂を葬儀式場にするというものです。
昔は葬儀場などはありませんので、当たり前のことでしたからね。元に戻す風潮を作るということです。
これは施主のメリットとして本尊前で行うので斎壇設置の費用がかからないということです。
寺の対応としては椅子の設置を考慮したいところですが、日本全国、年配者に膝痛が蔓延しているためと正座の習慣が無くなった今、それを強要することはできないことですから・・・。
要は①車②棺桶③骨壺の三点セットが手配できれば手作りの葬儀ができるということです。
お寺のメリットは昔ながらの葬儀式がマイペースでできること。
葬儀会社がやりたい放題をしているうちにお寺もいろいろ考えなくてはいけません。
さて、先般拙寺では100年以上続いたお付き合いの長かった家の墓仕舞いがありました。
東京へ転居したのち音信不通となっていましたが、ご主人が亡くなったという報せを受けたのが約7年ほど前。
奥さんが宗旨を変更(「エ○バのなんとか・・・」)したために拙寺より離れるという内容のものでしたが、「親戚に総スカン」となったと仰っていて「辛い」とのことでした。
しかし私から見れば「自らの業」ですね。
先日久々にその方に連絡を取ってみれば、遺骨を「宅配便」で送ってほしいと。
それなら石屋を紹介するので「適当にやってほしい」と私はノータッチにしました。
ただし家としての付き合いの長さ(江戸時代より)も、また気の毒さもあって少々の遺骨を親鸞さんの後ろの「一所一處」墓に納めさせていただきました。
つくづく思います。「婚姻は目出度くもあり、目出度くも無い場合もあり」
家を壊す要因ともなっている姿をそこここで見せつけられています。
また、知り合いの海洋散骨の業者さんに聞くところ、「とても忙しくなった」と。
客層はほとんどが静岡以東、首都圏が大多数だそうです。
ただし、同業者が次々と名乗りをあげて、シェア掘り起こしとその取り合いになりつつある状態と。
一番リーズナブルなコースは35000円。
「宅配便コース」だそうです。
要は「宅配便で遺骨を送るので機会をみて散骨をしておいて」というもの。「ジャブ」っとまとめて海に散骨するワケけですが双方ともいかにも効率の良い「処理方法」。
勿論坊さん不要です。
人は亡くなれば「大河に下り海へ」はわかっていますがいかにもショートカットしすぎの感。
今、「物流」の中で新しく動きだしているものは「遺骨」だったのです。
凄い世の中です。
遺骨も地域の名産もいっしょくたにトラックに積み込まれて全国を飛び交っているのが今なのでした。
境内はバラと八重桜の時節。三つ葉(ツツジ)も絶好調。
⑤は「塩」の代わりに返礼品の中に差し込まれている当流の紙面。私はこのようなものも入れる必要が無いとも思っています。またこちらの地元斎場の正面にはハナから「大谷派は塩配りしてません」の看板が立っています。
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