日曜美術館は午前法事前   真田丸の正確位置

とにもかくにも大河ドラマが始まりました。

ソーリ肝煎りとの噂の超つまらなそうな・・・申し訳ありません、一度も視聴していませんのでその評価すらできる立場にありません・・・番組は終わって今年は戦国時代が舞台。

一年間お茶の間ダダ流し日曜美術館再放送の時間帯となっておりましたが、久々「総合」へシフト。そちらの番組はこれからは日曜の朝、法事前の心を落ち着かせるひと時に拝見させていただくことにします。

 

大河第一回目の感想はは・・・「いかにも軽い」でしょうか。

要はホームドラマ風の演出ということ。

役者もそうですが台詞まわしも「え?」と思わせるものが。

テーマとバックの「音」もバイオリン主体でちょっと違和感。

 

それでも見ていられるのは時代が天正十年の武田家滅亡からということ。そういう意味ではただ一年間付き合うつもりでいることは確かです。「墓道氏」のおめがねにかなったものでは無さそうで少々心配。彼がこの番組を離れると、戦国談義ができる相手がいないこととなりますので・・・。

 

今回「ふ~ん」と思ったところは、「仏事考証」というものがあったこと。以前の「官兵衛」では本願寺の仏像ということでさりげなく釈迦如来坐像が映されて「おかしいしいだろ!!」という問い合わせがあったそうですが、それに懲りての専門家の配置でしょうね。

よくテレビで坊さんが出てきては「さも当然」の如く何か仰っていることがありますが、結構「宗旨の違い」があって、中には「うちとは全然違う」ということもありますね。

よって日本仏教についてオールラウンドに知識のある方を呼ぶ必要があります。時代考証も大切ですが、今度の仏事考証なるものの存在は驚きでした。

 

あと一つ。番組の傾向としては「信繁」名で確定しているようですね。ここで「幸村」連発でしたら興ざめとなるところでした。民放じゃあないですからね。

歴史考証役としてもそこのところは譲歩できないところでしょう。

事前の紹介番組で世に親しい「幸村」名についてどなたか役者さんが「『幸せな村』なんて何とすばらしい・・・」が如く仰っていましたがその名は江戸期の入っての軍記物発で徳川幕府に気を使っての架空名創作からですね。

御本人ですら「幸村」などいう名は知らないはずでしょう。

あの時代に使用したとしたら呆れかえらなければいけないところですが、軍記物で「幸村」がブレークして、本家真田家であっても「幸村」を通すようになり、明治以降の大坂方嗜好によってその名は広まっていきましたので、そうムキになって否定する必要はありませんが「北条早雲」と同様でその名を使うのは少々遠慮したいところです。

 

最近のNHKは「上の方」の考え方について疑問が残りますが、いわゆる現場の方々はそれら制約の中、面白い番組を作っています。

最近「ほぉ」っという情報は前回の「歴史秘話ヒストリア」です。大河を盛り立てるための伏線でしょうが、あのズバリ「真田丸」の正確な位置を確定したというもの。

驚きました。今のところ再放送の予定は無いようですが、今一度見て検証してみたいほどです。番組のタイトルは「徹底解明!これが“真田丸”だ ~地中に残された幻の城~」で今まで、説がバラバラで正確な位置が確定されていなかった真田丸の推定地をレーダー探査と航空写真からの分析を行って「まず間違いない」というところまで確定させたというものです。

城郭考古学という分野ではお馴染みの千田嘉博(奈良大学)氏のお墨付きでした。

コレにより、他の候補地はすべて残念。

三光神社もかすっていましたがここではありませんでしたし、真田山公園もその名に騙されそうですが違いました。

 

まあ確定のヒントはその研究で第一級の教科書というものがあってそれをベースに探査したということは番組の進行からも推察することができました。

それは「浅野文庫」(広島市立図書館)「諸国古城の図」ですね。

 

私も二度訪問している心眼寺(場所はここ)北側が残存遺構として唯一残る「段差」=堀の痕跡でした。

また二度目のブログでの航空写真はかなり大雑把でしたがここで修正する必要が出てきたということ。

心眼寺の奥深く墓地の境界まで入って確認はしていませんが、今となってはかなり後悔。今一度訪れて「確定」した真田丸周辺を歩いてみたいものです。

 

浅野文庫古城図の真田丸古地図を貼りつけましたが、よく見るとこの辺りは寺だらけ。寺町の高台だったことがわかります。これまでの真田丸を描いた映像は野原に立ちはだかる城塞のイメージでしたが、実は寺が立ち並ぶ街区の外れ、大坂城をバックにしたというロケーションということですね。

 

古地図は左側が南となっていますが、一番北側の寺が心眼寺で真田丸の北東側堀の縁という位置になります。

古地図の南を除く三方向の「緑色の点々」は空堀です。

 

そのあと「テレビ小僧」は2200時からのBSプレミアム「鴨川食堂」を見ました。「変てこな料理番組」。

「京都東本願寺前」という語に釣られて・・・枳殻邸(渉成園)近くがその食堂の設定で、番組内でもその語たちは連発されていました。

 

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コメント: 4
  • #1

    小山昭治 (月曜日, 11 1月 2016 09:08)

    ヒストリアの真田丸はユーチューブに有りますよ。
    画面が小さいけれどね。
    私の家には録画するものはありませんので
    ユーチューブが頼りです。

  • #2

    今井一光 (月曜日, 11 1月 2016 19:57)

    ありがとうございます。
    早速アップされていたのですね。
    見てみます。

  • #3

    くりくり (月曜日, 11 1月 2016 20:54)

    私も第1話早速見ました
    個人的には勝頼の描き方が良かったですね。
    軽薄でも狂信的でもなく、運に見放されていく様子が哀れでしたね。
    しょうもないなあと思ったのは、テーマの時に出てくるの信繁の馬ですね。
    なんだあれ、考証できてんのと思いましたが、

  • #4

    今井一光 (月曜日, 11 1月 2016 22:19)

    ありがとうございます。
    まったく仰る通りです。
    私も馬の件は論外ながら、勝頼については役者も良かったですし、
    ちょい役なのは勿体無いですね。
    なんか「ホームドラマ」チックで嫌になりますね。
    あんなのがウケるのでしょうかねぇ。世間様は。