素人目によくわからないあの責任たらいまわし、オリンピックの新国立競技場の案が決定したとのこと。
決定の方法は「ベールの中」のような気がしますが・・・。
日本の「木質の良さ」をウリにしているデザイナーさんのものだとのこと。
最初からこんな風に出来なかったのでしょうかねぇ。不思議なところです。一つ疑問にのこるのが当初契約を受注して詳細が進んでいたあの英国の建築設計会社のおばさんです。
「契約解除」とはこちらの勇ましい言葉ですが、こういうものには「損害賠償」が発生するのでは?というのが素人考え。
ドカンと「請求されることはない」と踏んでの事?
運営費が1兆8000億円の当初の6倍予想にブチ上ったともいいますので。あと出しのダマシ見え見え。
さて、数年前の本堂改修工事では本堂四隅に三角形のダンパーを設置し、耐震度をアップした(つもり?)のですが、どうしても「まだ危うい」だろうということで、あのときの改修工事にあたっていただいた宮大工の頭領に色々と依頼していたことがありました。相当以前(2011)のことです。
しかし一向に話が進みませんので、「見積もり頂戴」と投げかけて、トータルの書面を頂いたのが約1年前。
何故にそんなに時間がかかったかと言えば注文する当方も大した切迫感がないうえに、何せ資金の方のそれ(不安)はありますので、「HOW MUCH?」と聞くのは容易いですが、もし支払えない額だったら血相がかわります。よっておそるおそる・・、催促をなかなかしなかったのでした。
最近はメーカー工場組み立て式の住宅が増えて、従来型の大工さんの需要は激減しているといいますが、世間の大工さんと違って、「宮大工」はいまだ引く手数多のようです。
ずっと各地寺院の補修やら新築が入って動きまくっていたとのこと。最近は神奈川県内の某寺院の新築工事に出向いていたそうですが、それがようやく終了しそうなので、「そろそろ行くよ!!」との話が在ったのが11月初旬。
そのあと寸法を計りに来てからまた、音沙汰が無かったのですが、昨日材料持参のうえ電撃的工事の開始。
追加工事の場所は数か所ありますが、以前ここの箇所の評価を伺ったところ、「もたねぇだろう」とこの大工さんが仰った場所。
私はこれが気になって仕方なかったのですが、「地震が来ちゃったらどうしょう」と気を揉ませたところでもありました。
資金のこともありましたが背に腹は代えられませんから。
この柱は本堂南西の隅のものですが、古くからクラックが入っていたようで金物で気休め風工作をした様子が見受けられます。
私が気が付いてからも数十年経過していますが、その段階で金物には錆が出現し、裂け目の中の色からして相当の時間を経ていることが分かっていました。
おそらく100年以上前に裂け目が発生し、応急手当として金物を打ったというところでしょう。
もしかすると安政大地震(1855)の被災損傷の可能性もありますね。
今となってはその経緯については推測するほかはありません。
ということでこのクラックが「次の地震でどうなるか」という疑問の回答を棟梁に聞いたワケでして、いただいた予想が「もたない」だったのでした。
私は、この柱に同等かそれ以上の添え木の柱の装着を依頼しましたが、昨日午前中の図が上記画像です。
素材について「どうする?」と聞かれましたので「同じもの」を所望。
当山本堂主要部分は相良城遺構伝承(推測部分アリ)総欅材ということがウリですので・・・、大工さんいわく「そのへんの生木をおった立てる?」ワケにもいきませんので。
「欅材」はそうありふれていず、手に入りにくい材ということで知られていますが、何せ伐採してスグに使用できず、何年か寝かせておく必要があるものです。
要は材木屋さんからある程度を仕入れて、在庫して保管、そこに商品として育てていくとても効率の悪い商品となりますね。
欅は堅牢でシロアリの食害に比較的強いという長所があります。本堂上棟が寛政三(1791)ですが、上物の重量で反った柱との整合を図るためのカンナかけ(④⑤)をするとその時のウブのような木の内部が現われました。
あらためて木の良さ、欅の素晴らしさを感じました。
外はボロに見えても中は真っ新のよう。
まだまだ相良のこの場所に建ちつづけて欲しいという切なる願いです。
私は午後遅く出かける用事がありましたので完成画像のアップは明日以降となります。
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