今年の満月を望めるのは12月25日、あと1回のみ。
相変わらず温か過ぎてそれほどの「師走」感、「歳末」感はありません。
本格的な年越しのための雑用繁忙期はもう少し先だということと、尻に火が付かないとなかなか動かない悪癖が出ています。
昨日も朝方は少々冷えてそれなりの風はありましたが、午後からは無風状態。
お昼はお誘いがあって牧之原のお茶の里近くに出来たとろろの店まで。そちらのお店は知る人ぞ知る隠れ家的名店と囃されているようで、既に店内には数枚の芸能人の色紙が掛けられていました。
普段は風が吹きまくっているはずの「原」の上もシャツ+トレーナーだけでOK。
かといって本格的冬がコレでお終いで許してくれるなどそう甘くはないことはわかっていますが・・・。ひたすら耐えましょう。
今、予定として決定している拙寺のイベントは大晦日の鐘撞きと正月1日の修正会(しゅうじょうえ)でしょうか。後者の方は殆ど正信偈の会、毎度一休さんの「目出度くもアリ目出度くもナシ」風憎まれ口を叩いてお終いの躰、何も気張ったところは無いので時間も適当、「今年は何時からにしよう」と未だ決めかねているくらいです。
少々今一度付近の檀家さんと近隣区民に回覧を出して告知して盛り上げようとしているのが12/31の鐘撞きです。
昨年から再開した「除夜の鐘」の時間スライドバージョン2です。報恩講をスライドして各家でお勤めすることを当流では「お取越し」というのですが、当日「事前に前もってやっちまう」というイベント。
煩悩の種類を細かくあげていけば「108つ」で収まるワケがありませんし、その時に鐘をぶっ叩いて煩悩が解消できるハズもありませんので、数も適当、心中信心は各自にお任せして、寺として「鐘撞きを楽しむ」場を提供するというものでしょうか。
前回との変更点はそちらでも記していましたが開始時間をお昼から。婦人部の皆さんからの意見で1400開始からお昼開始に変えました。
大晦日の夕方からの主婦は忙しいので早めに帰宅できるという利点があるとのこと。
そもそも昼間にやることの利点は・・・
夜間の鐘撞きをやめることの代替ではありますが、街中の寺の鐘については批判を頂くことがあります。特に夜間の鐘撞きはそのフィニッシュが曖昧になりかねません。そこで「いい加減にしろ!!」と匿名の電話が入るワケです。匿名と言ってもナンバーディスプレーの電話機ですから、どなたかだいたいはわかる訳ですね。「あの人そこまで怒っているのか・・・」という具合に。
また、それを管理するために人を置けば寒中長時間待機することになりますので不健康このうえありません。
そして深夜に「終わったかな・・・」という頃合いに通行人(まず酔っ払い)がフラッとやってきて数発撞いてダッシュして逃げたりするとまたお叱りの電話を受けたものでした。
先代まではそれが嫌で大晦日は、鐘を撞く撞木(しゅもく)をロープで鐘楼上部に緊縛して鐘撞きをしていませんでした。
そこで鐘撞きを昼間に行えば、梵鐘の存在意義としてその利用を復活できること、気軽さが強調できることとなります。
寒い夜間に白い息で手をこすりながら鐘を撞くその雰囲気は得られませんが、それに劣らない楽しさをが味わうことができましょう。
気軽な時間帯の他の利点は
比較的温かな「昼間」
明るいので照明は不要
明るいので足元周辺の危険性が減滅
明るいので人の顔がわかる
子供達を引率して撞かせることができる
檀家さんは勿論どなたでも鐘撞きができます。
通りすがりの飛び入りもOK。ご年配の方も鐘楼階段を責任を持ってエスコートさせていただきます。
檀家さん有志によるトン汁等の接待もありますので気軽にお越しください。
第2回 大晦日 「除夕の鐘」
12月31日
1200~1430頃まで
画像①②前回の満月。③④は拙寺鐘楼。
④は先日放映されたNHK静岡のテレビキャプチャー。
鐘楼に疎開してきた子供たちが上がると一人二人と続き皆、無言で東京の方向を眺めていたそうです。
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