京都のマス目状の区画を作る京都の「通」(とおり)についてどちらかで記しましたが、当然ながらしっかりとした「通」を認識できのは中心部で、郊外に行くにしたがって自然消滅していきます。中には明治以降の開発によって「通」が消滅したり再び出てきたりと紛らわしい場所も散見できます。
特に郊外に進んで行けば「通」の幅は狭まってかつ住宅地となり、まず大抵は交通事情を考慮して一方通行が設定されています。その辺りに慣れておかないとまごまごする事になります。
右折の際、進入禁止マークを直前になって気付くなどということはよくありますね。例外は時にありますが普通に考えて一方通行が交互に来ると考えておけば無難でしょう。
京都の街区の東西に「通」を唄った「通り名の唄」というのがありますが、
「まる(丸太町)、 たけ(竹屋町)、えびす(夷川) に(二条)、 おし(押小路)、おいけ(御池)」「あね(姉小路)、さん(三条)、ろっかく(六角)、たこ(蛸薬師)、にしき(錦小路)」・・・・
中心部を走る「通」はその傾向がありますね。
東海道の終点の三条通も三条大橋を渡ってしばらく行けばアーケードの商店街。
消滅か?と思えば、再び西行きの一方通行が始まります。
そのスグ南、同様に東西に走る六角通もその傾向、特に西へ行くと区画の仕切としての効果が雑になってきます。
さて、樹木を縁に人と人とを結んだという言い伝えは各所に点在していますが、当地近隣で言えば源頼朝と北条政子の逢引きのナギの木が有名です。拙寺のナギもかつて紹介しましたが寺社境内に植えられていることが多い木です。
そしてまた寺社で大木としてよく見かける木が榎ですね。
榎といえば徒然草でお馴染み、「極めて腹あしき人」―怒りっぽい人―良覚僧正の「榎木僧正」が思い浮かびますが、この木については、頼朝と政子の恋話に匹敵する言い伝えが京都にありますね。
武信稲荷の榎のことです。
「武信」は「武神」と間違いやすいのですが、こちら「武信」は人の名前(藤原武信)といわれますので、「たけのぶ」と読み、ありがちな武衛的、あるいは勝負事の神を祀る神社ではありません。こちらの境内に立つ榎には坂本龍馬とおりょうの逸話があるようです。
二人で訪れたことのあるこの神社の大木に京都見廻組探索の身となっていた龍馬が自らの生存をおりょうに知らせるためにこの木におりょうのみが知り得る「龍」の字を削ったとのこと。
真実のところは分かりませんがその後二人は再会して、以後「榎」→「えん」と文字って「縁結び」の願掛けの木となっているようです。
またこの神社には一寸法師の伝承もあることがうかがえます。
この武信神社が六角通の西方にあたり、車両では行きにくい事限りない場所にあります。~六角通の名称の元は六角堂です。
場所的に二条城が近いといえば近いのですが、この神社をピンポイントでナビに入れたらナビの方でも困惑するはずです(場所はここ)。
なにより六角通はこの神社あたりから東向きの一方通行の基点となることから烏丸通方向からは他の道を使用しなくてはなりません。
かといってその北の三条通は西行きの一通なれどこの地区は堀川通からのアーケード商店街です。
ナビで指定すれば四条通から後院通に案内されて三条通手前の細い路地に入れられたのは閉口しました。
京都街区にありがちな狭い路地にクランク地獄が待っています。
私がとるベストコースは御池通りからの一通の南下です。
とにかく細い道ばかり。特に神社のスグ西側に南北に走る道など、車両の通行はあり得ないほどの狭さです。
自信の無い方は御池通を入ったあたりにどこかしらにコインパーキングがありますのでそこに駐車して二条城等を兼ねて散策することをおすすめします。
ただしあまり二条城入場門に近づくとパーキングは満車になる確率が高いかと思います。
画像は三条通りのアーケードの様子とそれを突っ切ったあたりの道の狭さ。面倒な事を回避するために勝負に出ず、早めに車はパーキングに。
最期の2枚が拙寺の榎。
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クリクリ (日曜日, 11 10月 2015 07:56)
京都市内は、やはり、リュックでもしょって歩き回ったほうが良さそうですね。
ナギは本市では南山高橋の熊野神社に大きな木があります。そうそう、今日は御祭礼ですね。
榎は大木はわかりませんが、真夏のころ近所の寺の山にタマムシ採集しに行きますね。
今井一光 (日曜日, 11 10月 2015 17:48)
ありがとうございます。
歩くと本当に車では得られない出会いがあります。
そして京都の街は少々歩いても疲れを感じさせないのですね。
お天気次第ですが。
南山高橋は浜岡経由で菊川方面に上るときには必ず通ります。
いつか熊野神社のナギを拝見しにうかがいたいと思います。
お祭りは小雨交じりで難儀だったでしょうね。
榎とタマムシについては知りませんでした。