それにしてもここのところの群発地震、イラっときますね。
昨晩20時すぎ頃から菊川震源の震度1~2程度のものが3回ほど続けて・・・。
日を跨いで最後の(おしまいにして欲しい)「震度3」には降参したいです。
夕方の報道ではその前日の御前崎震源の地震については「東海地震とは関係ない」と言っていましたが、どう関係ないのかよくわかりませんね。
はやく収束して欲しいと思うのは私だけでなくこの地方に住まう人たちの共通の願いでしょう。
度々記していますがこの地震、当地沿岸部の人たちは障害物競争と同じです。
地震発生のホイッスルが鳴った時何処にいるかで運命は左右されるでしょうが、①まずは何しろ家屋の倒壊から逃れなければなりません。そこで躓いたらそのレースへの参加資格は無くなります。②その無事が確認できた人限定ですが次に襲来する津波から安全そうな場所へ上がらなくてはなりません。
①の際家族やペットが不明に陥っていた場合も即座に②のステップにはすすめないでしょうが・・・そして③原発が壊れたのか無傷なのかの正確な情報を得なくてはなりません。
もし④原発情報がネガティブだった場合は原発を迂回して西に逃げるルートを考えなくてはなりません。スンナリ西へ向かえる方はいいですが私など後ろ髪を引かれてあれもこれもと忘れ物が多そう、機敏な動きは無理でしょう。
以前から記していますが地元の私たちは浜岡原発のあの防潮堤に何らの信用も期待もしていません。
当地の地震の歴史は地殻変動が伴っていますのでどんなに大層な津波防波堤を作ろうともそれは茶番。
「下地」が激しく暴れて隆起したら意味はまったく無いです。
すわ「西に!!」とは言っても皆さんも同じことを考えていますのできっと「われ先に」となって北回りで国道1号線を目指すでしょう。
天竜川は橋の本数が限られていますので大渋滞となって結局 「The End」となりますね。
浜岡が壊れれば静岡東部から関東沿岸、勿論東京まで同じように被ばくすることは当然(北西から南西の風が殆ど)ですので、地震と津波の障害苦痛の無かったそれら地域の方々も強制的にその競争に参加させられるはず。
私たちは日々そのことを考えていますが、神奈川東京千葉の方々はいかが?
富士山噴火時のシミュレーションはよく報道されています。
浜岡の放射性物質の流れも火山灰の降灰予想と同様ですよ。
もっとも相模湾とトーキョーも地震津波の被害予想は同様でしょうから、所詮当地と条件は同じようなものでしょうかね。
富士山もより近いことですし。ちなみに私たちは当地より比較的距離があって東側にある富士山の降灰については殆ど危惧として感じていません。
静岡県内には凧揚げの風習が各地に残っていますし産品のイモ切干し、シラス、サクラエビ、干物乾物等はその強い西風で作るものです。西よりの風あっての産物です。
原発の災難、関東南岸の方々も遠方とはいえゆめゆめ皆様ご無事安泰を思うなかれ。御覚悟願いますよ。
地図を今一度確認願います。
福島の西は太平洋でしたが、浜岡の西は即ちトーキョーです。
日本上空には基本、偏西風が吹いていますね。
表記の「艱難汝を・・」(我が国の諺ではありませんが)の時代には「原子力」というものなどありませんでしたからね、そんな災難を甘んじて受けさせていただくワケにはいきません。
放射能を浴びて我慢すれば「立派な人間になれる」など聞いた事はありませんから。
そんなもので肉体も精神も磨き上げられることはありません。
国(政治家)と企業が儲かるだけですね。
今私は小さいとはいえここのところのあの地震たちにかなり焦らされています。どうになりませんが、その今の自分たちだけの苦痛はつい「そうじゃないだろ」と感じその現実を元私が居た南関東の皆さんにも共有していただきたく思いこれを記した次第です。
いかにもいじけていて憎まれ口風にとられたかもしれません。
しかし事実を、想う事を記しただけでもあります。
さて最近特にマスコミで俄かに「その日」への注目を喚起(防災の日とは別)させられているのが本日9月1日。
過去のデータから年間を通じて子供の自殺が最も多い日だそうです。
もう既に各地から中高校生による新学期前の悲報が入ってきていますが、そのピークを迎えるであろうという日ですね。
まるでその日を紹介して、あたかも死ぬならこの日であると推奨しているようにも感じてしまい、果たしてこの公表は子供たちにはあまり「よくないのでは・・・」とも思えます。
人生に「艱難辛苦」はつきもの。だけど「やってられねぇ」と思ったら、一度学校なんかサボって寺の坊さんのボヤキを聞くのも面白いかも。
どこのお坊さんでも話は聞いてくれましょうが、私の寺はキレイじゃないけど気が休める泊まれる場所も提供できますよ。
スッキリするまで海岸でひっくり返ってボンヤリしているのもおすすめ。何より阿弥陀さんの顔に癒されます。
阿弥陀さんの前で阿弥陀くじ、自分で作って決めてみれば。
勿論あなたの将来の道。
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小山昭治 (火曜日, 01 9月 2015)
東海地震、原発被害 どれもこれも運命のままに。
私の時代に起きるのならそれも受け入れます。
面白い運命じゃありませんか。
芥川賞を獲得できるくらいの小説をかけるかも。
(文才がないから無理でしょうがね)
66歳ともなれば艱難辛苦をボヤキながら、愚痴りながらも受け入れます。
そう思いつつ生きようとするでしょう。
店の改装に700万ほどかかりそう。
いっそ 仕事をやめてもいいか?
人間悩みながらも何とか生きます。生への執着も強いものです。
今井一光 (火曜日, 01 9月 2015 12:11)
ありがとうございます。
毎日雨と地震でくさくさきますね。
お店の改装はおそらく耐震工事を含めてのことだと思いますが大変な額ですね。
私どもも「命あっての・・」ということで庫裏一部の耐震工事を検討しています。
耐震といっても「家が崩れても中身の生命は守られる」程度のものでしょうが・・・
その手の事への思案はこれまでは「時々」でしたが、ここのところ「目が覚めればずっと」
考えない日は無いですね。何事も後手後手で立ち回っている焦りも感じます。
しかし心底には「どうにかなる」と調子のいいことばかりで・・・