結局は過失・事故のような人間の逃れることのできない性に、「注意力の欠落」や、人の三毒と言われる煩悩―貪欲・瞋恚・愚痴―を抱えた私たちがこの社会を形成しているが故に色々な災いが惹起されて『人が一番恐い』(ブログ)ことになるということは合点いただけるかな・・と思いますが、同時に昨日の「僧行」(僧の姿、あり方)についても記された書き物があります。少し長いですが秋の夜長にどうぞ。
『古今著聞集』巻第十二「弓取の法師が臆病の事」
ある所に強盗入りたりけるに、弓とりに法師をたてたりけるが
秋の末つかたのことにて侍りけるに、門のもとに柿の木の有りける下に
この法師かたて矢はげて立ちたるうへより、うみ柿のおちけるが、この弓とりの法師がいただきにおちてつぶれてさんざんにちりぬ
この柿のひやひやとしてあたるをかいさぐるに、なにとなくぬれぬれと有りけるを、
「はや射られにけり」とおもひて臆してけり
かたへの輩に云ふやう
「はやく痛手を負ひていかにものぶべくも覚えぬに、この頸うて」といふ
「いずくぞ」と問へば、「頭を射られたるぞ」といふ
さぐれば、なにとはしらずぬれわたりたり
手にあかく物つきたれば、「げに血なり」とおもひて、「さらんからにけしうはあらじ ひきたてゝゆかん」とて、肩にかけて行くに、
「いやいやいかにものぶべくもおぼえぬぞ たヾはやくくびをきれ」と
頻(しき)りにいひければ、いふにしたがひてうちおとしつ。
さてそのかしらをつゝみて大和国へ持ちて行きて、この法師が家になげ入れて、
しかじかいひつることとてとらせたりければ、妻子なきかなしみて見るに、さらに矢の跡なし
「むくろに手ばしおひたりけるか」ととふに、「しかにはあらず このかしらの事ばかりをぞいひつる」といへば、いよいよかなしみ悔れどもかひなし
をくびやう(臆病)はうたてきものなり さほどの心ぎはにて かく程のふるまゐしけん愚かさこそ
だいたい「弓取の法師」というところからオカシイですね。
現代の坊さんの感覚では考えつきません。
特にその文の調子からいって何の違和感なく記していますのでまずそのことが当然の如くの様です。
「弓取り」ですから「武装している法師」ということですし、
「海道一の弓取り」などという表現がある様に「武士」と同等の言葉ですね。
時は晩秋、どこかの家が強盗に入られて家の周囲に警備の者を依頼したのでしょう。
そのうち門番に立ったのがその「弓取りの法師」。
そもそも坊さんなのですから寺の仕事でもしていればいいものを、
人材派遣業に似た組織でもあったのか、どういうつてでそちらに入ったかはわかりませんが
当人も腕に覚えはあったはずです。いつ強盗が再来してきてもいいように準備して矢をつがえていたようです。
その彼の立位置が柿の木の下。余程運が悪かったようで、よりによって頭の真上に熟した柿が自然落下したのです。
神経ピリピリで守衛に当たっていた彼独り酷く慌てることになります。
敵の襲撃があって射られた矢が頭に当たってしまったという見当違いの妄想をしてしまいます。
既に深手を負った自分は生きられそうにないので早く首を討って欲しいと仲間に懇願し、仲間も柿が飛び散って頭の上で潰れたその残骸を手で触ってみてそれなら断りきれぬと思い首をはねてあげたという話です。
映画の「プラトーン」のシーンでもありましたね。
新米兵士演じるチャーリー・シーンが首にかすり傷を負って
「もう自分は死ぬ」と大騒ぎしていたのを思い出しました。
その時は周囲が冷静でしたから単純に黙らせられていましたが。
潔いのかトンチンカンな慌て者なのかその手のことをやらかす者は元来臆病もの。
最後に、そういう臆病者たる小人(しょうじん)は案外、大それた取り返しの付かないことをもやらかすものだと作者は断じています。
ただの「おバカ」では済まないことに発展してしまうということでしょう。まったく嘆かわしい(うたてき)ことであると閉めています。
始末におえないですね。
ここでもまた平氏が富士川の戦いで、水鳥の羽音に驚いて大混乱に陥り敗走したことを思い出しました。
私も「臆病」についてああのこうのと言える身ではありませんが、これは見えないモノが見えて、無いものが有ると勘違いする妄想であり、そこに拙速が加われば致命的な事象にも繋がってしまうということは大いに頷けるところです。
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