昨日最後に記しました「県指定の文化財」の名称とは「龍華院大猷院霊屋」(りゅうげいんたいゆういんおたまや)と呼ばれる建造物です。
宝形(ほうぎょう)造で、5.5m×5.5mのサイコロ型ベースの上に乗った屋根がすべて三角形になるタイプです。
「大猷院」とは徳川家光のことで、その位牌堂の様なものかと。
家光の霊屋が「なぜここに」と首を傾げたくなりますが、幕府の了解を得て建立したのは当時(明暦二年 1565)の藩主北条氏重でした。
幕府の方でも了承したのは、北条氏重が保科正之の四男だったからです。保科は幕末徹底抗戦の会津藩の大元たる人ですが、家光の弟でしたね(詳しくはこちらへ)。
北条氏重自身も家光に付き従って上洛するなど比較的親密にしていたのだと思います。
建物は火災で焼失後文政五年(1822)に当時の藩主太田資始(すけもと)によって再建されたものです。焼失したものは杮葺きだったそうでそれに懲りて瓦葺にしたのでしょうか。
中は見ることができませんが格天井の色彩画と春日厨子が特筆すべきものと・・・。この様な人気の無い、管理者不在で不特定の人が訪れる公園に文化財があるのも不安な気がしますが・・・。
県指定ですから昼間は常駐させて中を見られる様になっていれば中の空気の入れ替えにもなるので良きことかも。
画像は霊屋とその裏に佇むどなたかの墓石。
寺院として機能していた時代の各代管理者(僧侶)の墓碑ですね。古い宝篋印塔と五輪塔もあります。
霊屋もお墓も、あのバランス感、美しく和みます。
反して、「和み」とは相反するお話。
それにしても高級役人のナンセンスな現代版落首(2ちゃんねる)には驚愕、またまた世間様を騒がせましたね。
その「下手人」は民間の手で挙げられたのですが、すべてのことが驚きでした。
言った言わないの詳細については各自ご検証いただくこととして、この御仁の処遇に関してはお国がどう(今の所、停職2か月)「火消」をしてどのような顛末になるかは興味あるところです。
お国はコレで幕引きしたいところでしょうが・・・
秀吉の時代だったら、鼻と耳を削がれて磔刑、家族も同様に死罪でしたから現代でホントに良かったですね。
①ネット掲示板は書きっ放しの「匿名の落書き」のような
ものだといえども他者を傷つけるようなことを平気で書
ける。
②あの手の掲示板にもイイ齢くったオヤジも頻出している。
③公務員はこの御仁が記したようなことを皆同様に考えて
いる?
④人は上級公務員(官僚)やお金持ちになれば天狗になって
他者を見下し高慢ちきになる。
⑤不特定多数の閲覧できるネット世界にボールを投げたら
1000倍になって還ってくる。
⑥日本を代表して国際会議に出ているような人間の品位が
劣悪であることを世界に知らしめた。
⑦住所氏名勤務先から家族のフルネームに顔写真まで洗い
出されて晒され、挙句ウィキペディアに経歴までアップ
される容赦ない反撃の恐ろしさ。
等々を思いました。
自業自得と言ってはそれまでですが、現代版「ネット落書き」への反撃はやはりネット世界からでした。
言論の自由であって「よく言った」という異見もあるようですが、過度な誹謗中傷に対しては「名誉棄損」という刑事罰に発展する場合があるのですよね。
まぁ嘘かホントか刑事事件に抵触するような事も仰っているようですのでいずれにせよお国は身内のあの方を護り通すことに意味が無いことに気が付くでしょう。
当の御本人も今になって色々気づいたことがあるでしょう。
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