「松田」や「秦野」という名は神奈川の内陸の地名ですが、首都圏でも小田急線を利用する人でなくてはそう耳にすることはないかも知れません。
以前松田町の地名「惣領と庶子」について記しましたが松田氏の元は波多野氏の流れ、北条時代に「松田」家は大ブレークし、知らぬ間に波多野→秦野となって波多野氏の面影は薄れがちになりました。
しかし他にも当地域では耳にし駅名にも残る「渋沢」や「栢山」など波多野家流の庶子が広がっています。
波多野氏本領は丹沢山系の麓、古来近隣、伊勢原の大山(標高1253m)山頂にある大山阿夫利神社への参拝ルートにありましたので古くからの関東の山岳信仰参詣者を集め人の往来が尽きない場所でもありました。
今も「大山道」と呼ばれる街道が県内無数に残っています。
相良の住人(元相模ですが・・・)が行って不思議に思うことと言えば、山に囲まれて牧歌的な雰囲気、場所によっては「奥深き山」をも感ずる町であって、海に面しているところは一カ所すらも無いくせに「湘南ナンバー」、市内を通る主たる街道が国道246号で別名「青山通り」(渋谷・赤坂のイメージ)なのです。
波多野氏居館(場所はここ)があった場所は谷あいの起伏部地形を利用しています。眩しい緑の田圃の辺りは防衛上の自然の湿地帯を利用していた場所でしょうか。
⑤は居館址全景、⑥が大山方面。
「秦野市東幼稚園」の西の谷にあります。
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