小田原曽我城 城前寺 曽我兄弟の墓

小田原の国府津・松田断層の丘陵南面に広がる、今では観光を兼ねた曽我梅園は小田原を梅干しの産地とならしめた名所ですが私はこの周辺にも少なからず思い入れのある場所です。

 

 以前ブログでも触れた尾崎一雄の家がこちらの宗我神社(場所はここ)の門前にあって(尾崎は神主の息子でした)彼の作品に親しみつつこの小さな丘を散策しました。夏には子供たちを連れてこの裏山へお弁当を持って上がってサワガニと遊び、晩秋にはヤマイモとアケビ取り。楽しい日々が思い出されます。

尾崎の私小説は、何でもない日々のあれこれを綴ったものが多いのですが、私が一番印象に残っているものは、彼の作品の中で珍しくフィクションも入った「すみっこ」です。

障害を持って生まれた我が子との生活、そしてその子が事故で亡くなるという衝撃的な内容でした。

読んだ当時は切なく悲痛な心地に陥りながら色々な思いに耽ったものです。

 ボストンのテロで8歳の男の子が亡くなって、気丈にもその父親がコメントを残していましたね。

その父親の心境を思量していたら「すみっこ」を思い出しました。

 

宗我神社の手前に城前寺というお寺があります。

勿論、その寺の名の通り戦国時代前期までこの地にあった曽我氏の居城があった場所です。

今は白の遺構といえば仇討で有名な曽我兄弟と養父曾我祐信、兄弟の母親の満江御前の建っている土塁のみのようです。

曽我兄弟の伝承は小田原・箱根地区では特に有名でそれぞれ縁深い神社では兄弟に因んだ祭りが催行されています。

 

画像①は土塁の上に建つ4人の五輪塔。

左側2つが兄弟で右側の風輪と空輪が無いもの2つが養父と母親の五輪塔。よく見ると土塁下に欠落部分が転がっていました(画像⑤石標下)。メンテしてやってあげてくださいね。

最後の画像は城前寺辺りからの小田原市街と箱根外輪山。

二子山と駒ヶ岳がハッキリ見えます。