まだ「想定外」・・・ 恥ずかしい

既に死語となっている言葉と思っていましたが相変わらずこの「想定外」という語彙を使って「自分のせいじゃない」を主張する一部の「錯誤者」が跋扈している様ですね。

この言葉、すでに三文芝居の駄ジャレでも使わない言葉と思っていました。

(あの会社の「やっぱし想定外の津波」の談)

 台風ボヤキが続きます。昨日は5時前から倒木の片付け、本日は昨日手の回らなかった中庭と外の駐車場周辺の枝葉のゴミを雨が降り出す前までに地頭方の処理場へ持ち込もうとダッシュをかけました。

あいにく墓地内は手つかずですが・・・ (晴れたらぼちぼちやらせてもらいます)

ケチな性分の私は雨に濡れると計量が水分で増えてしまうので降雨といえば搬出を考えます。朝からテキパキと「カンペキな仕事」と納得しながら気分よく意気揚々と処理場へ。

駐車場の隅っこに空き缶、ペットボトル、材木などを置いていく(捨てていく)通行人等がいますのでそれらもついでに「一気」でした。

搬入のための書面も記入して、さぁ処理場ゲートに入ろうとした時に財布が無いことに気が付きました。車中くまなく小銭を探しましたが見当たらず止む無く帰宅。出直しました。途中雨が降り出し、当初の目論みは「パー」となったワケですが、人間とは元来「こんなもの」感、に浸っている私は今回も苦笑いするのみ。

同じようなポカを何度も何度もずっとやってきて何も変わったことはありません。

 財布を忘れて雨に濡れることを「想定外」とは言いませんね。

「そんなバカはお前だけだ」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、自然災害(台風)と人間のポカは絶対に「ある」ことですからそれがたまたま重なって甚大な(雨中2往復)被害があることもいつも頭に入れて尚、車両の問題、交通安全等思量して行動しなくてはならないのです。それが判っていてもつい信じられないことをやらかします。

三面記事は下世話な犯罪行為が並びますが結局その手のことをやらかしている人たちと同じ人間が政治と経済を動かしていることを忘れてはいけません。

坊さんだって所詮同じですね。あーつくづく感じます。真宗、親鸞の教え以外では自分などありえないのだと。

私が財布を忘れたことも、原発の電源が喪失したことも元をただせば同じこと。

 

 さて相良の「菅が谷」に。菅が谷は南北に大きく伸びる朝比奈原ともよばれる舌状台地から葉脈状に東の萩間川の作った扇状平地方向に延びた台地の狭間です。その南北に延びる台地の西側は塩買坂、正林寺、新野、菊川方向になります。

この「菅が谷」は大澤寺の開祖、今井権七郎と近江から下向した五家のうちの一つ「澤田一統」の帰農地です。高天神攻防の時代です。

それ以前からこの地に居て武田信玄の高天神城攻めで小笠原家に応じて徳川方に入った「川田一統」が治めた地域でもあります。

9日の東京方面バスツアーにお付き合い頂いた澤田市議宅に集合写真を届けにうかがいました。そこで驚愕の新事実。

当地区でも台風被害が・・・

信じられないような話ですが次のようなことが重なると顕著に発生するそうです。

 

①やはり当地より西方に上陸(風を背にして左前方低気圧の論理)→②南から湿った空気(海風)→③風が吹いて雨が降らず陽が出る→④農作物の潮焼け

 

潮焼けといえば私が東急ハンズの六年間のあと、沖縄に出奔し、いわゆる「チャラチャラ」とホテルのビーチスタッフで一日中海にいたころ、髪の毛が「まっきんきん」 に焼けてしまい、ほとんど金髪状態に。

時たま会った本土の友人も、お客さんも「染めてる?」「脱色している?」とつまらない質問をされたものです。内地の「半端もの」と一緒にされてはと思いましたが殆ど信用されませんでした。私の髪質の問題でもありますが高校時代から上級生やら生活指導の先生から「染めてんじゃねーよ」と呼び止められていましたので仕方無いのですが。あの頃が懐かしいですね。つい最近のことにも思えますがしみじみそう思えてしまいます。今となっては金→白になるのが少し怖い年頃となりました。

 体の対応能力が進化したのか強い陽射しに曝されると私の髪は脱色され、肌の色も即座に黒くなります。

この頃の日焼けは緑化作業焼けですね。

塩と陽射しが生物に悪影響を与えるということをまざまざと知らされました。もう私は手遅れですが・・・

 

2番茶の季節で茶の価格は相当安くなっていますが、新芽は瞬時に茶色く変色してぽろぽろになってしまっています。その他の農作物でも変色したりへなへなになってしまったりで皆さん大きな損害が出て相当ガッカリしていました。

当地は海からは相当離れた場所にありますが西から東に流れる菅が谷の川

(中学時代には遠征してウナギ・ハヤなどを釣りに来ました)に沿った谷の北側=南面の農作物の被害が特に被害がキツイそうです。

素人の私は南向き斜面の農地こそ絶妙の土地であると思っていたワケでして本当に驚いた次第です。

 

帰りに大沢インターの脇でキジを発見。慌てて草むらの中に逃げてしまいましたがちょこっと写っています。