あのときの研究課題は小田原の史跡でしたので平成輔墓地と小田原の久野の山に点在する古墳群そして資料館の遺物を写真に収めました。
中一の夏は自転車で湯本まであがり早雲寺へ。
画像は寺裏手にある北条五代の墓地です。
墓石は長方体に統一されてシンプルなものです。
さてここで40年以上も経って自分にとっていまだ忘れられないエピソードがありますので記させてください。温泉観光地である湯本であっても当時この寺の裏手まで訪れる観光客はあまり多くはありませんでした。
しかしたまたま居合わせた夫婦の会話が耳に入ってきました。
「北条五代のはずなのに右4つは北条とあるが左端は違う、家来か何かかねぇ・・・」
左側の墓石は「伊勢新九郎」ですので北条早雲の別名。地元の人ならその辺の所は知っているところです。
勿論私はここぞとばかりにさらっと
「こちらは家来ではありませんよ、お寺の名前にもなっている早雲、小田原北条の初代です」、憎らしい小僧ですが大の大人を相手に講釈たれた気分の良さがずっと今もなお続いているワケです。
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